「味噌舐め星人の要求」


 味噌舐め星人のおねだり光線をまともにくらってしまった俺は無視することも敵わず台所に向かった。だんだんと人を使うのが上手くなりつつある味噌舐め星人を腹立たしくも思ったが、昼飯を彼女が作った事を考えるとそれくらいの事をしなくてはいけないのかなという気もしないでもなかった。なので、俺はしぶしぶながらキッチンに立った。キッチンにたって、先ほどやっていた番組の内容を思い出しながら、それっぽい料理を作った。子供向けのテレビ番組だというのに、それは意外と本格的なレシピだった。なので一度見ただけ覚えられるはずもなく、出来上がったのは味噌料理だという事だけがかろうじて分かる、茶色い粘土を捏ね上げたような一品だった。
 俺は久しぶりに自分の作った料理に戦慄という物を覚えた。こんな料理をまだ俺が作れるだなんて思いもしなかった。随分と一人暮らしをはじめて長くなる、お話にならない程だった自炊の腕も時間をかけるにつれて上達した、そう思っていた。まだまだだった、なっちゃいなかった。そして、どうするべきだろうかこの味噌の塊を。この味噌の塊ははたして食べられるのだろうか。少なくとも俺は食べられない、それは確かだった。味噌舐め星人はどうだろうか。味噌舐め星人なら、この味噌料理でも、味噌の塊のようなそれでいておそらくは味噌からはかけ離れた味のするであろう料理でも、喜んで食べるのだろうか。俺が恐る恐る味噌舐め星人の方を向いた。すると、味噌舐め星人の明らかに引いている表情が俺の眼に入った。なるほど、どうやら味噌舐め星人でもこの料理は食えないらしい。なんだか俺は少し安心した。
 話が違います、話が違います。料理が違います、料理が違います。テレビでやっていた料理はもっと美味しそうでした、もっと美味しそうに作り直してください。今すぐ作り直してください、こんなものは食べられません、今すぐ作り直してください。味噌舐め星人は久しぶりにそんな風に憎たらしい事を言って俺に迫った。今回の件に関しては自分でやらかした事だったので俺は味噌舐め星人になにも言い返すことが出来なかった。できなかったが彼女のしつこい要求には正直腹に据えかねた。気づくと俺はまたいつもの様に彼女を押し倒していて、いつもの様に彼女はふるふると震えていた。
 味噌舐め星人は今度こそ覚悟を決めたという表情で俺を見上げていた。そして、瞳を閉じると口を一文字に結んで、俺の次の行動を黙って待った。どうやら彼女はもう何をされても仕方ないと諦めたらしい。俺と自分の力関係に完璧に屈服してしまったらしい。俺はそんな味噌舐め星人の態度を見て、もうこんな事を繰り返していてはいけないという気分になった。実にそれは嫌な気分だった、こんなつもりなんて微塵もなかったのだ。俺は、ちょっと彼女を脅して黙らせたかっただけなのだ。そこに歴然とした力関係を構築する事なんて考えもしなかった、思いもしなかった、願いもしなかったのだ。
 知らぬうちに俺はどうやら味噌舐め星人を酷く傷つけてしまっていたらしい。けれども、やってしまった事は仕方がない。押し倒したという事実は今更どうやっても変わらない。そして、現に俺は彼女を押し倒したままなのだ。俺は彼女をなるべく傷つけないように、安心させてやる方法を考えた。
 ふと視界の端にエプロンが入り込んだ。直感的に俺はそれだと確信した。すぐにエプロンを手繰り寄せると、俺は素早くそれを味噌舐め星人の体に巻きつけた。味噌め星人の体に触れるのは勇気が要ったが、なんとか無事に味噌舐め星人にエプロンを取り付けることができた。そして、俺は味噌舐め星人から離れた。不思議そうに目を開けた味噌舐め星人は、暫く何も俺に言わなかった、言えそうにもなかった、なので、俺が彼女の機先を制して言った。そんなに言うなら自分で作れよと、俺は味噌舐め星人に言い放った。
 味噌舐め星人は、最初驚いていた。自分が何もされないで開放されたことが本当に不思議らしかった。俺はあえて何も彼女に言う事はせずに、ただ彼女が自発的に動くのを待った。長い沈黙が二人の間に流れた。結果として味噌舐め星人の方が先に動くことでその沈黙は破られた。味噌舐め星人はおそるおそる立ち上がると、俺の横を通り過ぎて台所に立った。そして味噌舐め星人はゆっくりではあるが小気味良く包丁を鳴らし件の料理を作りはじめた。
 俺はもう居ても立っても居られなくなって、部屋の外に出た。そしてそのまま暫く夜の街をあてもなくうろつくことにした。そうでもしないと俺の内面に渦巻いているこの感情が、またどこに向けられるか分かったものではなかったからだ。その押さえ難い衝動の正体がなんであるかは、実はなんとなく分かっていた。味噌舐め星人が来てからというもの、俺は一度も処理をしていない。たぶん溜まっているのだろう。やりたい盛りの重大でこそないが、なんといっても俺もまだまだ若いのだ。顔だけを見れば、割と美少女である味噌舐め星人が傍にいるというのも良くないように思う。どんなに気取ったところで男なのだ、嫌でも意識してしまうさ。結局の所、彼女をあぁいう風に押し倒してしまうのは、俺の欲求不満が原因なのだ。おそらく。
 いっそひとっ走りして疲れてから帰ろうかと思ったが、あんまり味噌舐め星人を一人にしておくのは忍びなかった。忍びなかったし、あいつに料理をさせて大丈夫だろうかという不安もあった。というのも、今朝がた料理を終えてキッチンに向かった俺は、そこにうっちゃけられた鍋やらフライパンやら皿やらの山を見た。どうやったら一回の料理でこれだけ多くの洗い物を出せるのかと、俺はある意味で感心したものだ。またあれをやられてはたまったものではない。味噌舐め星人は料理は作るが、洗い物はしたがらないのだ。 そんなわけで俺が部屋に戻ると、味噌舐め星人が卓袱台の上に料理を並べて待っていた。それは料理といえるのか微妙な料理だった、なぜなら、その机の上にのせられていた料理が、俺が作ったどうしようもない味噌の塊にしか見えないものと、味噌舐め星人のつくったであろうこれまた酷い味噌の塊のようなものだったからに他ならない。味噌舐め星人は何も言わずに卓袱台の前に座っていた。それは俺が彼女が料理を作るのを待っていたように、彼女もまた俺が卓袱台の前に座るの待っているのではないかと感じられた。
 どうやら、俺たちはこの味噌の塊のようなものを食うしかないようだった。先に味噌舐め星人が口を付けた。結果はその表情を見れば明らかだった。俺は少し笑って、それから自分の味噌の塊のようなものを一口食べた。味噌舐め星人が笑った。そして、俺たちはお互いの味噌の塊のようなものを交換して、食べて、二人して笑った。とてもそれは人の食える代物ではなかった。