「味噌舐め星人の食卓」


 変な幽霊に夜中に起された為か、起きるとお天道様がすっかり天上まで昇りきっていた。その日はちょうどバイトも休みだったので、俺はゆっくりと寝ようと思って瞼を閉じたのだけれども、どうにも鼻腔を良い匂いが擽ったので再び瞼をあげる破目になった。よく目を凝らして見てみると、目の前で寝ているはずの味噌舐め星人の姿がなくなっていた。どこに居るのだろうと後ろを振り返ると、キッチンに立つ味噌舐め星人の姿が眼に入った。昨日買ったばかりのユニクロの服を着こなした彼女は、頭の先から足の先まで真っ黒になっていた。唯一腰に巻いたベルトだけが彼女の好きな味噌色だった。思ったとおり、味噌色は黒い服に気持ち良いほど映えていた。
 味噌舐め星人の白い腕が見えた。味噌舐め星人は俺が起きたのを知ると、にっこりと微笑んだ。そして恐らくは味噌汁を作っているであろう鍋をかき回していた手を止めると、俺のほうに向かってきた。起きたんですね、ちょうどよかった、今朝ごはんの準備ができた所ですよ。味噌舐め星人はそう言って俺の手を引くと、無理矢理座布団の上に起き上がらせた。俺はあくびする間もなく目の前の卓袱台に並べられていく朝食の数々に度肝を抜かれた。本当に度肝を抜かれた。なぜかといえばその料理と来たら、味噌おにぎりに、味噌汁に、味噌がこんもり盛られた小鉢、焼いた味噌をこんもりとさらに載せたものに、味噌をバターの様にパンに塗りたくったものだからだ。なんだこれは、こんな物が朝食だろうか。今時の漫画のヒロインだってもうちょっと分かりやすい不味いものを作るって言うのに、こんな中途半端に想像できそうな料理をする奴があるだろうか。俺はもう呆れて言葉も出なかった。出なかったのを良い事に味噌舐め星人は俺と向かい合う感じに卓袱台の前に据わると、いただきますと元気良く叫んだ。俺は彼女の眩しいばかりの笑顔を見て、今後は味噌舐め星人よりも早く起きようと心に誓ったのだった。
 味噌舐め星人の料理が食えたものではないのは言うまでもない。それはもう食えたものではなかった。食えたものではなかったが、味噌舐め星人はその殆ど味噌と言って良いような味噌料理をぺろりと平らげた。ぺろりと平らげると味噌舐め星人はそろそろと俺の方にやってきて、勝手にざぶとんの上に寝転がった。俺は、何してるんだと味噌舐め星人に尋ねたが、味噌舐め星人はえへへーと答えにならない返事しか返さなかった。別にそうされることがむず痒いだとか、嫌だとかそういうわけではなかったので、俺は味噌舐め星人のしたいようにさせた。何度も言うが、味噌舐め星人は味噌舐め星人だが、美少女なのだった。黒髪長髪の美少女なのだった。けれども、その黒髪長髪の美少女が、なぜ俺の座布団の上までわざわざ寝に来たのかはやっぱり分からなかった。さっぱり分からなかった。すると、唐突に俺は味噌舐め星人が眠っていた布団が、すっかりこの部屋から消えているのに気がついた。ついでに味噌色をした彼女のパジャマもきれいさっぱりこの部屋のどこにも見当たらないことに気がついた。ことのほか部屋が味噌臭い事にも気がついたので、俺は止める味噌舐め星人を振り払って、ドアノブを捻ると外に出て辺りを見回してみた。竿の上の布団とくまさんパジャマが風に揺れていた。