「超人Q」-6


 瑞樹は終わっていた産まれた時から終わっていた。終わっているというのは、人間として終わっているという意味だ。彼女のありとあらゆる生命活動が終わっていると言う事だ。妹は常に瀕死だった、瀕死だったという表現が適切かというと非常に怪しい。どちらかといえば、彼女は死に近い存在だったと言うのが正しいかもしれない。彼女は生まれながらにして、体中の色々な機能が不全だったのだ。それは表面的に見えないところで進行していることが多かった。妹は無呼吸でこの世に生を受け、一歳で胃がんで腹を裂き、二歳の時に扁桃腺で喉を削り、三歳の時におたふく風邪で右耳の聴力を失った。肝不全、尿道結石、肺がん、骨粗鬆症。十五歳になる頃には、妹の体の多くの部分は、既に妹が元から持ち合わせていたものでなくなっていた。それでもその栗毛のふわふわとした柔らかい髪の毛と、小麦色したいかにも健康そうな肌、人形のような顔立ちの中に確かに力強い生命を感じさせる顔、そして女性が持つ生存本能の根源――子孫を残す為の器官を、彼女は失わなかった。失う物が多すぎる中で、それだけは守り通していた。彼女の内面に存在する死と、外面に溢れかえる生、そして性。歳を経て尚濃くなる死と破滅と終焉への予感を前にして、彼女の表面は真逆のもので構築されていく事になる。彼女は終わっていたのだ、終わろうとしていたのだ、けれど終わらないために足掻いたのだ、終わらせようとはしなかったのだ。けれども彼女の体は確実に破滅へとその足を踏み込んでいて、その証拠とばかりに彼女に残された最後の砦の一つである女性の部分は、いつまでたっても、彼女がどれだけ望んでも大人の証を示す事はなかった。そして、彼女はいつしか、その事実を誤魔化すように、僕にこんな性質の悪い意地悪を言うようになった。
「……いけない、そろそろ学校に行く時間だ。瑞樹、悪いけどその話はまた今度にしよう。ほら、お前も早く支度をしなよ、学校に遅れるよ?」
「あぁもう最低ね。最低で最悪のインポ野郎ねお兄ちゃん。女の子が大切な話してるって言うのに、言うに事欠いて学校に遅れるよですって。いくらでも遅れれば良いじゃない、学校に行く事と妹とセックスすることどっちが大切か分からないの? ねぇ、貴方本当にお兄ちゃんなの、股の間にちゃんと可愛らしいのぶら下がってるの? この意気地なし、童貞、インポ野郎」
「意気地なしで童貞なのは認めるけど、インポ野郎ではないよ。少なくとも、瑞樹以外の女性に性欲は沸くのは確認してる。ねぇ、瑞樹いい加減理解してよ。家族同然の幼馴染に欲情できない人間が居るように、家族に欲情できない人間だって世の中には居るんだ。性の対象として妹を見れないお兄ちゃんだって世の中にはいる、割と大勢居る。そして、僕がそれなんだ。悪いけれど、嬉しいけれど、瑞樹の気持ちに僕は答えられないよ」
 僕はそう言って席を立つと、構う素振りなぞ微塵も見せずに瑞樹の前を通り過ぎると、二階にある自分の部屋へと戻った。自分の部屋に戻ると、僕はなんとか今日も自分の理性を押し留められた事に安堵した。
「なにさなにさ、本気にしちゃってさ。馬鹿じゃないのお兄ちゃん、気持ち悪いよお兄ちゃん。そんな事本気でしようと思ってるわけないじゃない。頭悪いんじゃないの、脳みそおかしくなってるんじゃないの、イカレテルワ、イカレテル、妹と本気でそんな事できると思ってるなんてイカレテル。なのになんで嫌がるのよ、素直になっちゃえば良いじゃない、ねぇ、お兄ちゃん」
 妹の声が階下から響いてきたが、僕は気にせずに制服に袖を通した。怒張した息子をパツンパツンのズボンに詰め込んで、僕が階下に戻ると、そこにはいつの間に着替えたのか上下紺色のセーラー服姿になった瑞樹が立っていた。もうそうなってしまうと、瑞樹の中ではもうすっかりと近親相姦ごっこの病は収まってしまっていて、「早く行きましょう、急がないと学校に遅れてしまうわ」と、自分の事を棚に上げて不機嫌そう僕に言うのだった。