竜の王と竜の姫 第二十八話


 ほの暗い部屋の隅で俺は目覚めた。
 暖かい。そう思って体を見ると、やけに毛が多い布が俺の体にかかっているのに気がついた。もたれかかった壁の冷たさ。これが無ければ風邪を引いていた、などという事は無いだろうが、きっとこんなに心地よく寝れる事はなかっただろう。
 しかし、こんな物、はたして俺が寝るときにあっただろうか。
 昨夜の出来事を思い起こす。確か、村人達に捕まって火あぶりになってたところを、あの鎧野郎に助けられて。それから、たしか説得されて…… そうだ、それでその後この牢屋に連れてこられたんだった。牢に入ってから、すぐに、俺は眠気に襲われて、それでそのまま寝ちまったと思ったのだが。
 すると誰が俺にわざわざこいつをかけてくれたのだろうか。あの、鎧野郎か? それとも、その隣に居たエルフの女だろうか?
 いや…… どっちでもいいか。礼を言うだなんて、俺には似合わない。
 俺は起き上がると、軽く伸びをして眠りから体を目覚めさせ、辺りを見渡した。
 暗闇の中に高い窓から差し込む薄っすらとした光。その光が照らし出す、冷たそうな色をした鉄格子。そして、見渡す限り続く、暗くて陰気でどこまで行っても変わり映えのない風景が、俺の目の前には広がっていた。
「暗いところだな…… まぁ、俺が住んでた洞窟よりは、ちゃんとした建物なだけましか」
「あや! 起きましたか、あんさん!」
 どこからとも無く響く声に、俺は肩をすくませる。部屋の中には俺以外に誰も居ない。ならば他の牢かと辺りを見回しても、暗くて何も見えない。何か居るような雰囲気も無い。いったい、どこから?
 そう思っている俺の目の端に、日光とは違うほのかに赤みがかった光が差し込む。鉄格子と鉄格子の間にある道。光はその奥から、徐々に徐々にこちらに近づいてくる。それは、ランタンを持った一人のひょろっとした男のリザードマンだった。
「いやいや、そんなに驚かなくても。立派な体格をしてらっしゃるのに、意外と小心者なんですね、あんさん」
「……うるせえ。誰だっていきなり声をかけられりゃ驚きもするだろうが」
 大声で俺がそう言うと、おどけた風に怯えたふりをするその男。ふざけた野郎だ、少し腹立たしいので、俺が鉄格子にしがみついて睨みつけてやると、サッと後の鉄格子まで飛びのいた。ちっ、見た目どおり、身の軽い奴だ。
 それにしても、なんだろうこいつは。ここの牢屋の番人だろうか? だとしても、何故リザードマンが? 
「おい、お前。何で、お前はこんなところに居やがるんだ? ここはエルフの奴らの城なんだろ? なのに、何でリザードマンのお前が?」
「鉄仮面の旦那に、頼まれたんでやんすよ。リザードマンの事はリザードマンの方がよく分かるだろうって…… でもまぁ、安心してください、あんさんに危害を加えないように、鉄仮面の旦那からはきつく言われてやすから」
「ちっ…… あいつ、余計な事を……」
「それじゃぁ、ちょいと待っててください。今食事を取ってきやすので」
 そう言うと、男は笑ってまた暗闇の中に戻っていく。
 俺は暗闇の中に消えていく黄色い光を途中まで目で追うと、後ずさり、最初に目覚めたときの様に、壁にもたれかかった。
 狭い窓から微かに空が見える。青い、雲ひとつ無い空だ。
 太陽が頂点に差し掛かってくるのか、俺には窓から差し込む光が少しばかりまぶしかった。


 物心ついたころから、俺には親が居なかった。村のはずれの森の中で寝て、朝起きると村に行って食料を探した。
 畑を荒らしたこともある、倉庫に忍び込んだ事もある。そういう事が悪いことだと気づいたのは、初めて畑を荒らしたとき、畑のオヤジにしこたま殴られて知ったが、それでも生きていくためにはやるしかなかった。
 殴られて痛くないように、食事以外の時は体を鍛えた。山道を駆け回って、獣と戦って。そうこうしているうちに、俺は随分と逞しくなった。いつのまにか、村人は俺を見るだけで食べ物をおいていくようになり、俺を殴っていたオヤジも一睨みで黙らせる事ができるようになった。だが同時に、それまで少なからず居た俺に話しかけてくれた人たちも、俺の前から居なくなった。
 それからは俺もできるだけ人を避けるように生活した。村のはずれからもっと山奥に入り、木で組んだ簡単な家を立て、そこで暮らした。
 幸い、そのころには、山に生えている草花や果物の何が食えるのかもわかる様になっていたし、狩りの腕も十分上達していた。食べるものが見つからない、生活に必要なものが無い、そういうどうしようもない時だけ、村に下りて村人から物を奪った。
 そんな生活が、暫く続いたある日の事だ。いきなり村人達に俺は襲われた。
 夜、寝ている俺に気づかれないように村人達は家に近づくと、そっと火を放った。俺が起きた時には、既に家の半分が焼け、天井が落ちてくるかこないかという時だった。
 燃える家から飛び出して、村人達の矢を振り切って、俺はさらに山奥に逃げ込んだ。そうして、洞窟にたどり着き、そこに身を隠した俺だったかが、正直なところその時のショックは大きかった。
 悪い事をしているという自覚はあった。恨まれても仕方ないとも思っていた。それでも、村人達に自分を殺そうとするほど恨まれていると思うと、涙が出てきた。きっと、物を盗む厄介者でも、村の人々と繋がって居られることを、俺は少なからず心地よく思っていたんだ。
 それから俺は、山で仕事をするようにした。村には近づかず、山を通る金を持っていそうな奴を襲った。何時しか、俺の仕事を魔人の仕事だという奴が現れ始め、それからは仕事が楽になった。
 そんな、ある日の事だ。いつもの仕事場で、あの子竜たちの卵を見つけたのは。