竜の王と竜の姫 第二十五話


 さて、どうした物だろうか。傷だらけという状態も問題だが、ドランの巨体を運ぶ事は少々どころか本格的に骨が折れそうだ。意識が戻るまで待つか…… そうするにしても、こんな満身創痍の状態で寝かしておいて、先ほどの奴らに襲われては身も蓋も無い。やはり、牢に入れておくのが、こちらとしてもドランとしても安全なのかもしれない。
 拙者が思案にふけっていると、子竜たちをどこかに預けてきたのか、メイ殿がやってきた。解散していくリザードマンたちを見て、気がついたのだろう。拙者を見つけるとメイ殿は、すぐさま駆け寄ってきた。
「どうやら、騒ぎは収まったみたいね、鉄仮面」
「えぇ、なんとか。それにしても、メイ殿! いったい、これはどういうことですか。あのような暴動を何故放っておいたのです!」
 拙者は少し怒気をこめてメイ殿にそう言い放った。少なくともこの一部始終をメイ殿は知った上で、拙者を待っていた。止めようと思えば、メイ殿なら幾らでも止めることができたはずだ。それなのに、何故拙者が来るまでてぐすねをひいて、見ているだけだったのか。
 申し訳なさそうに俯くメイ殿。拙者に顔を合わさぬようにドランの前にしゃがみこむと、回復の呪文を唱え始める。止められなかった事へのせめてもの償いだろうか。
 見る見る傷の癒えていくドラン。その横で、魔法が発動し呪文を唱え終えた、メイ殿がゆっくりと口を開く。
「あたしも止めたんだけどね。ドランが止めるなって……」
「? ドランが?」
「そもそもね、難民達と合流してからずっとあんな感じだったのよ。最初は遠くから石を投げつけて、それでやり返さないと気づいたら、今度は直接叩いたり蹴ったり。その時は進行の遅れになるから、あたし達も追い払ってたんだけど、村に入ったらもうキリが無くって。最後には身柄までこうやって取られてしまって」
「…… それならそれで牢に入れれば!」
「こんな巨体を無理やり押し込めると思う? それに、こいつ魔法の耐性がやけに高くて、幻惑の魔法が効かないのよ。だから、自分で動いてもらうしかないじゃない……」
 確かに、そういわれてしまえば拙者としても強気には出られなかったかもしれない。
 そんな事情も知らず、メイ殿に強く当たってしまった拙者が少し後ろめたい。きっと彼女もまた、拙者と同じ気持ちだったに違いなかったのに、まるで拙者は咎めるように……
「……すまない、メイ殿。拙者、少々感情的になっていたようだ……」
「……いいわよ。あたしも、もっとドランが連れて行かれたときに、強気に出るべきだったと後悔してたんだもの。あんたに言われて、なんだかスッキリしたわ」
 そう言ってもらえると凄く助かる。だがしかし、それでもすまなかった、メイ殿。
 しかし、何故だドラン。何故そこまでされて、何も反撃しない。そもそも、最初に出会ったときお前はあんなにも簡単に挑発に乗ってきたではないか。わからない、いったい何を考えているんだ。
 と、その時、ドランの体がピクリと動いた。ゆっくりと開くドランの目。その中に拙者の顔が映し出されると、ドランはなぜかニヤリと笑った。
「……よう。言われたとおり、大人しくしてたぜ?」
「大人しくしすぎだ、馬鹿者め! あそこまでされて、何故黙っている!」
「別に…… 俺は、あいつらにそう思われるだけのことはしてきたつもりだ、赦してもらおうって気も無いさ。それに、俺が暴れりゃ……」
 そこで途端にドランは口ごもる。
 確かに、ドランが暴れれば、この村の被害は甚大なるものになるだろう。それに拙者も居なければ、アル様も多忙。いったい暴れるドランを誰が止めるというのだ。しかし、しかしだ……
「ドランよ、お前が山賊をしていたのは事実だ。だが物を盗るために、人を殺した事はあるか?」
「ねえよ。そんなめんどくさい事だれがするか。俺が欲しいのは、その日暮らすだけの食料だけだ」
「神に誓って無いか?」
「神だぁ? はっ、そんなもの、俺は信じてねえから誓えないな」
「なら、拙者に誓え。拙者に誓って、人を殺した事は無いと言えるか?」
「…… あぁ、アンタを殺しそうになったのをカウントしねえなら、ねえな」
 あれは、もとよりこっちが挑発したのもある。それにまぁ、拙者も生きている事だし、カウントする必要は無いだろう。
「なら、最後に聞くが。何故、自分のことを魔人だと偽った?」
「そりゃあおめえ…… そうすりゃ、あいつら何も言わずに物を置いていきやがるから……」
「つまり、もとよりお前はあの者たちに危害を加える気は無かったということだな?」
「なんでそうなる! 物を脅し盗ってるし、危害は加えてるだろ!」
 今にも掴みかかりそうな感じに、ドランがこちらを睨みつけてくる。まったく、本当の事を言い当てられると、すぐにそうやってムキになりおって。わかりやすい奴だ。しかし、だからこそ、この男を救ってやりたくもなる……
「確かにそうかもしれん。しかしだ、お前は心のどこかで、相手に対して危害を加えたくないと思ってた…… だから、あんな風にまどろっこしい方法を取って、少なくともその身までには危害が加わらんようにと考えたのだろう?」
「ちげえよ! 俺はなぁ、別に、その方が楽に仕事ができたってだけで、そんなつもりでやったわけじゃねえ!」
「なら、何故村人達は、お前の姿を見たことが無いのだ?」
 そうだ。最初にこいつの話を聞いたとき、誰も姿を見たものは居ないとクトゥラは言った。つまりこのドランは、一度も人に襲い掛かるような強奪に関してはしていないということになる。最初から最後まで、そう、先日拙者に捕まるまで、ただの一度もだ。
「そ、そりゃぁ……」
「もっと言ってやろうか? なら、なぜ最初にそう言わない! 楽でもなんでもないからだろう! そうだろうな、そのやり方ではそのまま逃げられるかもしれないし、相手が食料をおいていかない可能性もあるだろう!」
「……俺が、アンタをだまそうとして、演技してるだけかも」
「そんなことができるほど、お前の頭の中にモノが詰まっているなら、今こうやって捕まっているわけ無いだろう! 自分がどうやって捕まったか忘れたか、この馬鹿め!」
「な! なんだと、この野郎!」
 殴りかかろうとしたドランをひょいと半身横にずれてかわすと、拙者はその足を軽くすくってやった。見事にバランスを崩したドランの巨体が、大きな音と土煙を立てて、まるで落石の様に地面に落ちた。
 悔しそうにその赤い大きな目でこちらを睨みつけるドラン。そう、この目だ。この単純で真っ直ぐな目だ、怒りのままに突き進み、悲しみのままに泣き、嬉しさに笑う。あの子竜たちの目と同じ、曇りなき素直な目。こんな目をしている奴に、巧い嘘などつけるはずが無い。
「お前に、一つ教えておいてやろう。人のモノを盗る事は人として最低の事だ。だがな、欲望や一時の感情のままに人を殺める事は、人のすることではない…… それは、獣のすることだ」
 たしかに、ドランは山賊だ。人のモノを盗る事に何のためらいも無いそんな男だ。だがしかし、そのドランの中には、人を傷つけてはいけないというもっとも人として大切な心があるのだ。その心がある限り、まだドランは人としてやり直せる。
 それに、あんなにも兄の事を嬉しそうに語る子竜たちの手前…… 殺せるものか、ドランを。
 真っ直ぐとこちらを見ていたドランの眼が、ふっと視界から消えた。まるで、拙者の視線から逃げるようにドランが地面に肘を突き、首を落としたのだ。
「なんで…… なんで、アンタは俺なんかの肩を持つんだ。俺は、山賊だぞ! つまはじきだぞ! 俺なんかが…… 俺なんかの為に、なんでアンタがそこまで言うんだ!」
「……お前の弟達から色々聞いてな。情に流された…… というところかな」
 悔しそうに俯いて、拳を地面に叩きつけるドラン。
 と、そっと、その肩にメイ殿が手を置く。優しく微笑みかけるメイに、おもわず振り向くドラン。
「あたしはさ、鉄仮面と違ってアンタの弟達がどんな風にアンタの事言ってたかはしんないよ。けどさ、寝言でもアンタの事を心配するようなそんな弟達にとってさ、アンタはつまはじき何かじゃ絶対無いはずだよ? だからさ、アンタは死ぬことなんて無いはずなんだよ、アンタが死んで悲しむ子達が居るんだからさ……」
 ポトリと、その時、大粒の涙がドランの瞳から零れる。それは地面に大きな花をいくつも咲かせ、いつしか声を上げずに泣き出すと、ドランはその場に力なく崩れ落ちた。
 拙者には、ドランが何が悔しくて泣いているのかはわからない。自分の死すらままならないことへの憤り、自暴自棄になっていた自分のみじめさ、弟達を残して死のうとしたことへの情けなさ…… きっとそんな感情が総て綯い交ぜとなり、涙として流れ出ているのだろう。そして恐らく、こうしてそんな感情を涙として流せるドランならば、きっとやり直すことができるはずだ。
「今は牢の中で暫く考えるといい。なに、世の中には死んだ方がましという罰が山というほどある。お前の罪など、この戦が終わったら嫌というほど拙者が償わせてやる」