竜の王と竜の姫 第二十一話


 部屋の前では話せないと、老婆に連れ添う形で外へでたアル。まだ天頂から少ししか遠ざかっていない太陽は、燦燦と二人を照りつけてきた。それに、隠れるようなかたちで、枝の広い木の下に座り込むと、老婆は一息つく。
「で、何の話なんだ、婆さん? あの部屋から離れたってことは、ちぃやらノイやらに聞かれたくないって事なんだろうが」
「まぁまぁ、そう焦るでないよ、坊や。まぁ、ちょっとそこにでも座りな」
 なんとなしにはそんな気がしていたが、この老婆、やはり猫を被っていやがった。先ほどまで様付けで呼んでいた相手を捕まえて坊や呼ばわりだ。つっても、その意図は分かってるつもりだ。自分がへりくだる事で、エルフ領内で俺様の立場を確固たるものにする。短期間で民心を纏め上げるにはまたとない手だ。まったく、気持ち悪いほどに頭の切れる老婆だ。
 思慮にふけっている俺様を目覚めさせるように、トントンと自分の前の土を叩く老婆。俺様はその対面にある木陰に入ると、胡坐をかいた。隣に座る、まして炎天下の中で真正面に座る気など毛頭ない。距離にして数歩ほどの間が空いたが、声が聞こえない距離じゃないだろう。
 まぁいいかといった感じで、息つく老婆を見据える。
 さて、話してもらうとしよう。いったいこの俺に何んの話があるのか。
「さてさて、何から話したもんかねえ。そうだ、先ずは昔話からいこうかのう」
「やめてくれよ、婆さん。年寄りの昔話は長くてかなわねえんだ。俺も忙しい身だしな、手短に済ませてくれ」
「ほほほ。本当に胆の据わった奴じゃ、これならロゼ様が選んだのも頷ける」
 あんたも大概に胆の据わった婆さんじゃないかと、アルが笑う。つられて老婆も笑い出す。
 おいおい、こんなわけの分からない話をしに来たわけじゃないんだぞ。
「まぁのう。今日はワシから話があるとは言うたがのう。どちらかと、お前さんから質問したほうがええのかもしれん」
「なんだそりゃ?」
「何も無いのかえ、ワシに聞いておきたいことが。何故、部外者のお前を王として立てたのかとか、魔王であると断言したのかとか。それと……」
「あんたのちぃや大魔王ロゼとの関係についてか?」
 こくりと老婆が頷いた。
 なるほど、とどのつまり、この婆さんがやりたいことは、自分のことを知ってもらおうってことなのだろう。味方として自分のことを信じてもらうために、疑問と思われる部分を無くしておこうと。仲間の事を信じられないと言う事は、作戦行動に支障が出かねないと、察しての行動だろう。
 だとしたら、随分とおかしい話だ。ふと、笑いがこみ上げてくる。
「じゃぁ、あんたは俺様のことをどうして信用したんだ? 俺のほうがあんたより数倍謎深い奴なんだぞ? そんな奴に、なんであんたはここまで協力する?」
 予想外の質問が帰ってきたという感じに目を見開く老婆。一瞬の神妙な顔を経て、また笑い出す。今度は、本当に愉快そうだ。何が面白いのか、俺様にはちっともわからないが。
「そうじゃのう。ロゼ様の遺言とでもいうところかのう」
「ロゼの遺言?」
「あぁ。もしも将来、ワシが生きておる間にちぃ様を預けるに足る人物が見つけかった場合、その人物を保護するようにとのな。その遺言にワシは忠実に従っておるだけじゃよ」
「はぁ、なんとも律儀な婆さんだな、そんな何百何千年前の遺言をきっちり守り続けるなんざ」
 ブラウンだったらそんな物、次の日にでも鼻くそほじって忘れてそうだと言うのに。
「まぁさ、だったらよ。その程度の事で、ってもあんたにとっちゃその程度じゃねえのかも知れねえけどさ。それで、こんな得体の知れねえ俺様にここまでしてくれるあんたを、信じねえ分けにはいかねえだろ? それだけで、あんたを信じる理由なんて十分なんだよ」
 すると、俺様の言葉に感動したのか、すっと目を細めて穏やかな顔で微笑む老婆。どうやら、それで納得してくれたらしい。というか、こっちとしてもあんたを信頼しないと、勝率もへったくれも無いんだ。今更信頼できねえから、どうこうなんていえるわけが無い。
「まったく、本当に胆の据わったお方だ。ロゼ様もきっと、このようなお方にちぃ様を預けられて、さぞご満足であろう……」
「それに関しては、直接ロゼから話を聞いたよ。しかしまぁ、まさか大魔王だと名乗った相手が、正真正銘の大魔王だったのには驚いたがな」
 苦笑いしか出てこない。あの後でメイから、本当の大魔王であるロゼに大見得を切っていたと聞かされて、顔から湯気が吹き出るかと思ったのだから。本当に、よく殺されなかった物だ。
 しかしまぁ、あそこまで言い切ったのだ、男に二言は無い。特に死に逝く女に誓ったことを、曲げるなんざ男のすることじゃない。だからこそ、自分が何者かも分からぬままに、大魔王を名乗っている。いや名乗っていられるのだ。
「では、その大魔王を引き継ぐためにも。知っていてもらわねばならんな」
「? 何をだ?」
「ロゼ様のこと、そして、ちぃ様のことだ…… おそらく、ロゼ様からはそこまで詳しく聞いておらんのであろう」
 別にいいと言いかけた俺様の額に、こぶし大の石がどこからとも無く降り注いだ。どうやら、魔法と言うのは、こういう便利な使いかたもできるらしい。
「ちぃ様との口裏を合わすためにも知っておかねばならんであろう」
「あぁ、確かにまぁそれはそうだが」
「それにのう、ことこれからこの魔界を統べる王となるお前さんには、何かと有益な情報じゃろうて」
 それはまぁ、半分くらいは冗談なんだがな。しかしまぁ、本当に俺が大魔王として立つべき器なら、たしかにそれは避けて通れない道だ。
「そいじゃ、聞かせてもらおうか、大魔王ロゼの覇業とやらを」
 ニッコリと微笑む老婆。
 やれやれ、年寄りの昔話ほど長い物は無いと言うのに。