竜の王と竜の姫 第二十話


「これか……」
 ドランに頼まれた品を取りに、鉄仮面はドランが根城にしていた洞窟に向かった。難民達の護衛はとりあえず部下達に任せた。おそらく、上手くやってくれるはずだ。
 道から随分と離れた森の奥。木々の合間に隠れるようにぽっかりとあいた入り口をツタで覆ったその洞窟はあった。
 鉄仮面は近づくと、ツタを掻き分けて中に入る。中はひんやりとしているが、思いのほか暗くは無い。どうやら、奥のほうの天井が開いているようなのだ。とすると、空洞に通じる通路と考えたほうがいいのかもしれない。
 しめっぽい地面を確かめるように踏みしめながら鉄仮面は前に進む。すると、やはり天井の抜けた空洞にたどり着いた。随分とひろいその空洞には、金銀財宝こそ無いが、色々な道具が無作為につまれている。
「さてと、何処にいるのか…… ん?」
 その時、鉄仮面の目の前の地面に四つの影が飛び込んできた。それは、徐々に徐々に大きくなる。見上げれば、太陽に照らされた四匹の竜がこちらに向かって飛んできていた。
 その体は、鉄仮面の体より随分と小さい。子竜なのだろうか、はたまた種がもとよりこのようなものなのか、竜の国の住民ではない鉄仮面には今ひとつ判断がつかない。
 その四匹の子竜は、鉄仮面に向かって急降下するとその胸に飛び込んできた。流石に四匹の竜にぶつかられては鉄仮面もひとたまりも無く、尻餅をつく。と、それに更にじゃれるように、四匹の竜はすりついてきた。
「あんちゃん、おかえりー!」
「にいひゃん、おひゃえりー」
「兄ちゃ! 兄ちゃ!」
「…… おかえり……」
 ギャアギャアと騒ぎ立てる子竜たち。その圧倒的な元気さに、少々物怖じしながらも、鉄仮面が立ち上がる。と、格好や雰囲気の違いから、ようやくドランと違うという事がわかったのか、子竜たちが途端に黙ると、さっと鉄仮面の前から飛びのいた。
「…… あれ、あんちゃんじゃない……」
 子竜の中で一番滑舌の良い蒼い竜が警戒するように言う。彼の後ろに隠れた、紅い竜、灰色の竜、深緑の竜は、どれも不安そうにこちらを見つめている。無理も無いだろう、今までドラン以外の人物を見たことが無いのだ。まぁ、鉄仮面の容姿も関係しているかもしれないが、怖がるのは無理も無い。
 安心させようと、鉄仮面はつとめて優しい表情を作る。といっても、目の光を横に細め、真ん中を吊り上げて笑う事しかできないのだが。
「そのあんちゃんとは、大きくて赤いリザードマンのことで良いのかな」
 鉄仮面の問いかけに、ざわつく四匹の竜。やはり一番滑舌の良い蒼い竜が、鉄仮面の前に一歩出た。どうやら、この竜が一番年長なのかもしれない。自分で言うのもなんだが、不審な男を前にして、ここまできちんと対処できるとはと、鉄仮面は感心する。
「う、うん、そうだよ。ていうか、あんた誰?」
 警戒しながらそういう蒼い竜。
 こう警戒されては、少々てこずりそうだが。しかし、男が結んだ約束をそう簡単に反故にはできない。
「そのあんちゃんに頼まれて、君達を迎えに来た者だ。さ、行こう。ここにもうすぐ危ない奴が来る」
 そういうと、鉄仮面は子竜たちにそっと手を差し出した。


「ふぃ〜、疲れた疲れた」
 東村からやってきた兵達を激励し終えて部屋に戻ってきたアルは、疲れたという感じで深々と椅子に腰掛けた。
「統率者としては上出来でしょう。アレなら、貴方を統率者として認めます」
「なんだ、聞いてたのかノイ。しかしまぁ、人の気持ちを一つに纏めるってえのは、骨が折れるなぁ」
 そう言ってパタパタと手で顔を扇ぐアルの前に、ノイがそっとお茶を差し出す。気が利くというのか、仕事ができるというのか。とりあえず、ありがたくいただく事にした。
「おぉ、美味いなこの紅茶」
「南村の特産品のハーブを入れてあります。肉体の疲労にも効きますが、神経を和らげる効果もあります。もっとも、脳みそがあるのかどうかも怪しいですが」
「おめえは、一言多いんだよ…… しかしまぁ、気にかけてくれてるのは嬉しいぜ」
「思ってもいない事を……」
 そういうところが一言多いというのに。まったく、この女に嫁の貰い手など現れるのだろうか。まぁ、仕事もできることだし、しばらくはこうして部下として使うのも良いかも知れないが。こう毎日、嫌味を聞かされたら、それはそれでたまったものではなさそうだ。
 外は相変わらず青空で、隣の国が凄惨な状態になるとはとても思えないほどに平和だ。今日も、ちぃは元気にはしゃいでおり、鉄仮面が居ない事と、メイの変わりにノイが雑務をしているだけで、なんらアルの日常は変わらない。
 しかし、その平和な日常の裏で、着々と何かが壊れようとしている。そして、堰をきるや瞬く間に平和は混乱に飲み込まれてしまう。そう思えば、なんと平和とは儚いものなのだろうか。
「それで、どれくらい兵は集ました」
「しめて300人ちょっとだな。元々少数民族からしょうがねえが、正直人数が足りなさ過ぎる。弓とか剣とか使えねえ奴らを含めれば、もう少し用立てる事もできないでもねえが」
「数日じゃろくな訓練もできないでしょうし、みすみす死なせるだけでしょうね。壁になればいい所でしょうが、それは貴方の望むところではないのでしょう」
 当たり前だ。領民を守るためにアルは立ったのだ。それこそ、子供や年寄りはもとより、かき集めた兵隊の一人すらも。ただ一人の領民も失うことなく、この戦いに勝利してみせる。
 妄言などではない。理想でもない。やるのだ。
「で、具体的な策は決まりましたか?」
「昨日言ったように、俺様が魔人とメインで戦い、それに鉄仮面達が遊撃。お前達は、魔法詠唱で俺をサポート。後の兵隊達は、城の護衛と弓矢による奇襲攻撃。あとは魔人以外の戦力が現れた場合の備えだ」
「敵が魔人一体ということを想定しての策ですね」
「あぁ。兵隊は基本的にもしもの備えだ。それに、魔人も俺達の事を只の少数部族だと思ってるはずだし、もとより動かせる兵もいないだろうからな」
 たしかに国を滅ぼしはしたが、魔人はその国をのっとったわけではない。とすれば、その国の軍隊を掌握する事もできなければ、人民を操る事もできないはず。もとより時間も無い。そう考えれば、相手がこちらを攻めるとすれば、竜の国の時と同じく単体で襲ってくるだろうと考えられる。
 なまじ、竜の国よりもエルフ領のほうが人数も少なければ、兵の練度も劣っている。魔人は単体で攻めてくると考えてほぼ間違いないだろう。
「そう、首尾よくいくといいのですがね」
「問題は魔人についてる魔女だな。こいつを上手く抑えられなきゃ、魔人と一騎打ちなんぞできやしねえ。何かこう、魔法使いに有効な対処なんてのはねえのか、ノイ?」
「相手の実力にもよるわね。けど、並みの魔法使い程度なら、数の勝負で勝てるはずよ」
 こちらにはノイとメイを筆頭とし、何人かの魔法使いが居る。それに加えて、あの老婆だ。聞けば老婆はノイの魔法の師匠であり、古代は大魔王ロゼの時代、側近の魔法使いとして腕を振るっていたという。更に、ノイの村にはメイには劣るが、まだ何人か魔法の使い手が居るという。それをあわせれば、魔法使いの一人や二人、押さえ込むのはわけないということだろう。
「それじゃぁ、任せていいんだな?」
「えぇ。安心して、貴方達は魔人との戦いに専念すればいいわ」
 そういうとノイは紅茶をすする。作戦にけちをつけない辺り、失敗によるアルの失脚を願っているのか。いや、こうやって茶を用意するくらいだ、なんのかんので信頼してくれているのだろう。アルもまたノイの入れたお茶を口に運んだ。
「しかしまぁ、こう美味いと、何か茶請けが欲しいな」
「奇遇ですね。私も何か欲しいと思っていたところです」
「ケーキとかクッキーとかは作んなかったのか?」
「どうにも私は料理が苦手でしてね。その手の類は、すべて内弟子にやらせてしまってるんです。紅茶だって、普段は自分で淹れません」
 こりゃますますもって、嫁の貰い手がなさそうな事で。ちぃですら、人並みに料理をたしなんでいるというのに。
「今何か失礼な事を考えませんでしたか」
「いやいや、何もそんなこと思ってねえですよ」
 鋭いノイの突っ込みに顔を苦ませながら笑うアル。と、その耳に、おやつのかけてくる音が聞こえてきた。バンと、元気な音を立て扉を開けたのはちぃ。手には、白い皿。そして、その上に載ったおいしそうな焼き菓子。
「パァパ! 見て、見て! 今日はタルト作ったんだよ〜! いっしょに食べよおっ!」
「なんとまぁ」
「丁度いいタイミングで、来るもんだな」
 満面の笑顔で皿を持つちぃを手招きするとアル。ちぃは喜んでアルの方へかけていくと、勢いよくその膝におしりからジャンプした。煩雑な書類をテーブルクロスに、ちぃの作ったアップルパイが机に置かれる。
「おぉ、上手に焼けたな。今日はメイが居ねえが、一人で作ったのかちぃ?」
「ううん、違うよ。今日はね、おばあちゃんに教わったの」
 おばあちゃん? 最長老ことあの老婆の事だろうか。ふと、入り口を見れば、老婆が皿とティーカップを抱えて立っていた。
「おぉ。すまねえな、婆さん。なんか、ちぃが世話になったみたいで」
「いえいえ。ちぃ様のお相手ができるなど身に余る光栄にございます」
「なんだよ畏まりやがって。それより、婆さんも一緒に食べようぜ! ちょうど俺達も休憩してたところなんだ」
「いえ、それは遠慮させていただきます。そもそも、今日は違う用事でこちらに赴きましたので」
 そう言って食器などが載せられた盆を机の上に置くと、老婆はじっとアルの方を見つめる。
 なるほど、そういう事かと、アルはちぃを膝からおろした。
「お時間少しよろしいですかな、アル様」
「暖かいうちに食いたかったんだが…… まぁいいさ」
 一緒に食べようとすがるちぃをなだめすかし、ノイに預けると、アルは老婆と共に部屋を出た。