竜の王と竜の姫 第十九話


「お〜い、鉄仮面! 大丈夫か〜い!」
 森の中から抜け出てメイ達がやってくるのを待っていた鉄仮面は、その声に自分が登ってきた下り坂を振り向く。メイとフィル、そしてクトゥラがこちらに向かって歩いてきているのを確認すると、立ち上がり手を振る。
「なに、ボロボロじゃない。もしかして、本当に出たの、魔人が」
「出るには出たんが、魔人というにはなんとも力だけと言うか……」
 そういって鉄仮面はくいと後ろのリザードマンを指差す。近くに落ちていたつたで雁字搦めにした、リザードマンはまだ意識がもどっていない。
 あぁ、これがといった感じの顔をして、鉄仮面の肩越しにリザードマンをみるメイとフィル。そのまま、リザードマンに近づくと、ぺちぺちとその体をもの珍しそうに触るメイ。
「あぁ、メイ殿! そのへんの適当なツタで縛っただけですから、眼を覚ましたら抜け出すかも……」
「ん、そうなの? それじゃぁ、強化の魔法でもかけとこうか」
 そういってさっとメイはツタに魔法をかける。そうすると、途端にツタが光ったかと思うと、一瞬にして木の枝ほどに太くなり、更には伸びてリザードマンを簀巻きにしてしまった。
 そういう便利な魔法もあるのかと、すこし感心する鉄仮面。その横にクトゥラが歩み寄る。
「本当になんとかしちゃったのね」
「まぁな。ところで、こいつはどうなんだ? 魔人なのか、拙者にはとてもそうには思えんのだが?」
「見たとこ、少し変わったリザードマンではあるみたいだけど、魔人ではなさそうね」
「変わったというと、どこら辺が?」
リザードマンにしては体格が良すぎるわ。もっと、本来のリザードマンはスラっとしてるのが多いのよ。後は、肌の色もまるで竜みたいね、リザードマンは緑色が多いのだけど……」
 なるほど、そうするとこのリザードマンは、この竜社会において変わり者であったと言うわけか。で、その変わっているところを利用して、魔人だのと風潮し、山賊行為を行っていた。さしずめ、そんなところか。おかしな話だ、冷静になればなんてことはない、自分達と同じリザードマンだと言うのに。
「さて、これで安心して難民達もこちらに向かえるだろう?」
「そうね。それじゃぁ、すぐにでも出発するように声をかけてくるわ」
 翼を羽ばたかせたかと思えば、すぐさま峠の向こうへと飛んでいくクトゥラ。それを見送ると、鉄仮面は改めてリザードマンの前に歩み寄った。
 騒ぎの元凶だというのに、まぁなんとものんびりと伸びているのか。今改めてみてみると、なんとも間抜けなリザードマンの寝顔に、少し腹立たしくなった鉄仮面は、その頬に張り手を食らわしてみた。
「っつ! 痛ってえ! なんだ、なんだ、なんだ!? お、あ、何で俺、縛られて」
「起きたか、嘘つき魔人。いや、リザードマン」
「だぁ! おめえはさっきの…… って、なんだこの縄は! ほどけ、ほどきやがれ!」
 ギャアギャアとわめき散らすリザードマン。しかし、メイの魔法はよほど強力なのか、いくら横に転がろうが、思い切り力をこめようが、綻ぶ気配すら見えない。
 やがて、あきらめたのか、リザードマンの動きが止まる。息を荒げて鉄仮面を睨みつける、リザードマン。なんとも、自分が負けたことが納得のいかないといった表情だ。
「なんだその眼は。勝負に負けたんだ。負けたんだから、こういう目にあっても仕方あるまい」
「うるせえ、あんな汚い手を使いやがって! 単純な力だけだったら、お前になんか負けるか!」
「確かに、拙者には負けていないな」
「むっ」
「力の使い方を間違えて自爆しただけだからな」
「な、なんだとー! てめえ、もういっぺん言ってみやがれ!」
 大人しくなったかと思いきや、またしても暴れだすリザードマン。なんとも賑やかで面白い奴だと、鉄仮面がほくそえむ。
 押された達磨の様にひとしきり左右に激しく揺れると、また息を切らして動きを止めるリザードマン。またしても鉄仮面のほうを睨みつけるが、今度のそれは納得いかないという風ではなく、意地の悪い奴だと鉄仮面を非難するような感じであった。その表情に、また鉄仮面がほくそえむ。
「くそっ! 捕まっちまうだなんて、ついてねえ」
「そうそう悪事が世にはばかってたまるものか」
「で、俺をどうするつもりだ? 打ち首か? それとも、市中引き回しか? やるんだったら、さっさとやれよ。こんなことやってる時点で覚悟は決まってんだ」
「いや、そう言われてもな……」
 たしかにこの男は罪人には違いないのだろうが、エルフの村人が被害に会っていたという話は聞いていない。どちらかといえばそれを決めるのは、被害にあったものたちであろう。
「? なんだよ、いったいどういうこった?」
「いや、拙者たちはお前に特にこれといった被害を受けているわけではないからな。処罰を決めるなら、実際に被害にあった竜の国の民だろう。なぁ、フィル殿」
「え、えぇ。そうですけど、今はこういう事態ですし」
 確かに、この男を裁くにも国自体が現在無いのだった。とすると、どうしたものかとリザードマンのほうを見る鉄仮面。一方で何がなにやらといった感じで、キョトンとした顔をするリザードマン。
「ちょっとまて、おめえ、国の役人かなんかじゃないのか?」
「国は国でも隣の国の人間だ。というか、今自分の国がどういう状態なのかも分かってないのか」
「? 何かあったのか?」
「つい先日、魔人領の魔人から侵略を受けてね。今、竜の国は壊滅状態なのよ」
 全然知らなかったという表情で驚くリザードマン。まぁ、こんな山奥で暮らしていれば世事に疎いのも仕方ないかもしれない。
「それで、この道を通って難民が来るので、その護衛にここまで出向いたのだがな。魔人が出るというので、怖気づいてこの先で止まっているのだ」
 絶句するリザードマン。流石に山賊とはいえ、自分がどれだけ迷惑な事をしていたのか分かったようだ。申し訳なさそうに鉄仮面から顔を背けると俯くリザードマン。
 山賊などをしているが、意外と良心は持っているらしい。
 先ほどと比べると随分と大人しくなったリザードマンを前にして、鉄仮面はこの男の処遇を考える。なんにせよ、このままここに野放しにする訳にもいかない。見たところそんな根っからの悪人であるわけでもなさそうだ、みすみす本物の魔人に殺させるわけには行くまい。とすると、連れて帰って城の牢にでも入れておくしかないか。
「とりあえず、こんな奴でも竜の国の国民には違いない。フィル殿、メイ殿。このリザードマンも連れて行くということでよろしいかな?」
「ん〜、別にいいんじゃない。いざとなったら、力仕事とかさせられそうだし」
 そういってにっこりと微笑むメイ。自分の意に沿わぬこともさせる事ができる、そういう魔法もあるのだろうかと鉄仮面は少し顔を曇らせた。一方でフィルは、本当に申し訳ないと頭を下げている。
 振り返ると、リザードマンの目線まで顔を落とす鉄仮面。下を向いていたリザードマンが、鉄仮面に合わせて顔を上げる。二人の視線が、一直線上に交わった。
「さて、リザードマン。名は何と言う?」
「…… んなもんねえよ!」
「? 本当にか?」
「あぁ、俺は捨て子でな、生まれた時から名前なんざねえ。だから、おまえだのあれだの、おめえの好きに呼べば良い」
「ふむ…… そうは言ってもなぁ、それはそれでこちらが困る」
 ふと下を向くと、少し思案する鉄仮面。はたして、この竜をなんと呼ぶべきか。
「そうだ…… ドラン! ドランでどうだ」
「何がだ?」
「何がだ、じゃ無いだろう。お前の名前だ。ドラゴンみたいだからだ、ドランだ。どうだ、良い名前だろう」
「そうかなぁ…… センス最悪だと思うよ、鉄仮面」
「なっ! そんなこと無いですよ、メイ殿。フィル殿は、良い名前だと思いますよね?」
「えぇと…… その、すみませんお兄様……」
 そうだよねーと笑うメイとフィル。そして、一緒に笑い出す部下達。鉄仮面としては自信満々の名前だっただけに、落ち込みが激しい。
 騒がしい一同に背を向けて、鉄仮面は再びリザードマン―― ドランの眼をみつめる。
「とにかく、ドランよ。たとえ山賊であろうと、お前も竜の国の国民には違いない。よって、我々の指示に従って、エルフ領まで来てもらうぞ。いいな?」
「…… 別に、俺だって、死にたかねえ。そこまで言うなら、ついても行く」
「よし……」
 そういうと、鉄仮面は剣を鞘から抜きさると、ドランのツタを何本か切った。それでドランの足元のツタは随分と少なくなり、歩く程度には差支えが無くなった。
「生憎、お前を乗せて走れるような馬も荷馬車も無いのでな。罪滅ぼしだと思って、その格好で歩いてもらうぞ」
「…… ケッ。こんな事しなくっても、別に逃げやしねえよ」
「逃げなくても、頭に血が上って暴れられたら、それはそれで困るからな。それに、お前を恐れている難民が居る手前な」
「はいはい、分かったよ。アンタの言うとおりにするよ」
 そういうと、ドランは立ち上がる。どうやら本当に大人しく歩いてくれるらしく、暴れる気配も無い。やはり根は良い奴なのかもしれない。山賊をやっていたのも、止むをえない理由があったのだろう。
「だがよう…… 大人しく歩く代わりに、アンタに一つ頼みがある」
 真剣な顔をして鉄仮面を見下げるドラン。その表情から、どうやらよほど大切なことらしいことを察した鉄仮面は、立ち上がり少しでもドランとの眼を近づけた。
「なんだ、言ってみろ」