竜の王と竜の姫 第十八話


 鉄仮面は冷静に相手の戦力を読む。
 巨大で岩石のような体躯に、二本の大剣を難なく振り回す腕力。竜と違いリザードマンとはいえ、まともに打ち合って勝てるような相手ではないだろう。かといって、こちらの小回りの効く相手だろうか。木に登っていた辺り、案外身軽かもしれない。
 特徴的なのはその大剣だ。まるで鉄板の様に横に平べったい上に、鋭利な部分はその縁側だけで非常に少ない。打撃力があるにはありそうだが、アレでは振り回す時に風圧を受けて、非常に扱いづらそうに思える。それを余りあるパワーで補い、制御していると言う事だろうか。
「いくぞ!!」
 とりあえず、身軽かどうかためして見ることにした鉄仮面は、リザードマンに真正面から突撃する。素早くその間合いを詰めると、左上に担ぐように振り上げた剣を、リザードマンに向かって振り下ろす。が、振り下ろそうとした鉄仮面の前に、二本の交差する鉄の壁が現れる。リザードマンの剣だ。
 剣の交差点は鉄仮面の剣の軌道上にある。二枚の板によって作られた鋭角に吸い込まれたが最後、左右に引かれる鉄板の力により、普通の剣はへし折られるだろう。
 咄嗟に鉄仮面は体制を落とす。剣を左の肩当で下へと押し込み、チッと鉄板の一つに引っかき傷を作ると、そのまま転がるように、リザードマンの股の間を潜る。突撃の惰性で滑りきった鉄仮面は、股を抜けるやすぐに反転し、返し刃の一撃をリザードマンの腰元に向かって放つ。
 ギンと鈍い音が鳴り、鉄仮面の剣が止まる。振り返る事も無くリザードマンは、鉄仮面の剣を後ろに回した左腕で受け止めたのだ。
 硬い。リザードマンの腕は、遥かに剣と同じ鉱物の硬さを超えていた。本気で打ち込んでいたならば、折れたのは間違いなく鉄仮面の剣の方だっただろう。しかし、なぜここまで硬い。
「驚いたって顔してるな。生身の体で、剣を受けて何で平気かって」
「あぁ…… 驚いたよ。なんだ、お前は。本当にただのリザードマンか?」
「だから言ってるだろ! 魔人だってなっ!」
 ぐっと左腕が膨張したかと思うと、一瞬にして体が浮き上がる。リザードマンが振り返りざま、鉄仮面を吹き飛ばしたのだ。
 空中で一回転したものの何とか体勢を持ち直し、左手と両足の三つを支えに、地面に着地する鉄仮面。歩数にして五歩分ほど後方に滑った鉄仮面は、立ち直りざますぐに剣を構える。鉄仮面がその視線を前方に向けた刹那、リザードマンの追撃が襲いかかる。
 右上からの振り下ろし。片割れの鉄板が、空をけたたましい音を立てて裂く。横なぎに、これを自分に当てるつもりだと判断した鉄仮面は、その身を半歩引くことでこれを何とかよける。とはいえ、その風圧は凄まじく、鉄仮面の体が激しく揺らぐ。さらに、巻き上げられた粉塵で、視界が開けない。
 微かに粉塵の間から、リザードマンの顔が見えたその時だ、その頭上のさらに左上に、大きな鉄板が光るのを見つける。瞬間、透明な空気が砂塵を引き裂き、鉄仮面の顔を掠める。
 鈍い音共に世界が回る。二転・三転と天と地とが入れ替わる。音を立てて木にぶち当たると、その根元に転がり落ちた鉄仮面。いや、転がり落ちたのは鉄仮面の頭部だけ、だった。
 リザードマンの攻撃が当たる瞬間、何とか横によける事ができ剣筋の直撃は避けられた。しかし僅かな時間では完全には避けきれず、微かにその顔を剣が掠めたのだ。その掠めただけの一撃で、鉄仮面の顔は跳ね上がり、それこそ、自分の体が見えるようなところまで、吹き飛ばされてしまったのだ。
 まったく、恐ろしい腕力だ。いや、腕力だけではない、その動き一つとっても、まるでドラゴンのように豪快でかつ荒々しい。
「へっ、なんでえ、口だけだったか…… 案外呆気なかったな」
 そう言って、鉄仮面の兜をずんぐりと掴むと、リザードマンは笑う。中に入っている首を落とそうと思ったのか、ガラガラと激しく兜を揺さぶるリザードマン。
「…… なんだ、首が出てこねえぞ。こいつ、どうなってやがる?」
「当たり前だ、元から中身なぞ無いのだからな」
 ビクリと背中の背びれを逆立てると、リザードマンが喋った鉄仮面の兜を放り投げる。何を思ったか、どこにいるとリザードマンが怒鳴り散らす横で、鉄仮面は兜を拾い上げる。
 自分の首元に兜を固定する鉄仮面。視線をリザードマンのほうにやると、やっとこちらに気づいたのか、信じられないといった風にこちらを見ていた。
「お、お、おまえ…… そりゃ、いったい、どうなってんだ」
「どうなってるも、こうなってるも、理由は俺にもわからん。ただ、俺は気がついたときから、体が鎧でできていて、中身が無くても動けた、というだけだ」
 先ほどまでと違い、随分とうろたえたリザードマン。自分自身も随分と化け物じみた力を持っているというのに、やはり魔人といえども感覚までは普通の者と変わらないということなのだろうか。鯵思うと、少しおかしくなる。
「なんだ! 何がおかしい!」
「いや、魔人といえども、やはり拙者の体を見れば驚くのかと思うとな……」
「ばっ、馬鹿にしやがって!」
 紅い皮膚をさらに赤くして、リザードマンが鉄仮面に切りかかる。だが、その太刀筋が鉄仮面を打ち払うことは無い。なぜなら、後ろに引く鉄仮面の横には、数多くの木々が立ち並んでおり、それが太刀筋の邪魔をし、軌道を遅らせ、そして狂わせるのだ。
 どんどんと、森の奥深くへと進む鉄仮面。それを追う様にいくつもの木々が、リザードマンの剣に斬られ、倒れていく。しかし、次第に疲れてきたのか、リザードマンの太刀数は格段に減ってきており、顔色にも力が無い。
 そろそろ、頃合か。そう思うと、鉄仮面は不意に立ち止まり、リザードマンに向かって剣を向けた。
「はぁはぁ…… やっと…… 観念…… しやがった…… か……」
「お前に一つ教えておいてやろう」
「な、何…… なんだ……」
「剣というのはな、がむしゃらに振り回すだけでは駄目だ。今までお前はその余りある力で、剣を制御してこれたかもしれない。しかし、相手によって、状況によっては、それがままならない場合も多々ある」
 忌々しそうにこちらを睨みつけるリザードマン。それがどうしたといった感じに、剣を担ぎ鉄仮面に向かって振り下ろす構えを取る。
「それが今だって言うのか! 関係ねえな、そんなの! この程度の木くらい、なんのことなく切り裂いてお前に攻撃を当ててみせらぁ」
 豪快なリザードマンの一撃が鉄仮面を襲う。三本の木々がリザードマンの剣により、なぎ倒される。 が、その剣先が鉄仮面を捉えることは無い。一瞬にして上空に跳躍して鉄仮面はリザードマンの一撃をかわしたのだ。そして、それに続く、二次災害も。
「剣というのは自在に操れて、初めて有効な武器になる。力だけで扱えば、それは只の自然災害と同じ……」
 トンと、鉄仮面が足をついたのは、ドランに斬られて倒れかかっていた木々。その一撃で、木々は一斉にドランのほうに向かって倒れ始める。
「なっ! なぁぁああああ!」
 ドンと鈍い音がする。流石の巨体のリザードマンも、丸太で頭を殴打されて、意識を失わないわけには行かなかった。クラリと立ちくらむと、そのまま丸太に押し包まれるように、倒れるリザードマン。
「とまぁ、このようにな」
 三つの丸太にのしかかられ、眼を回したリザードマン横に、鉄仮面が着地する。パンパンと手を払うと、伸びているうちに縛れるものは無いかと、辺りを見回した。