竜の王と竜の姫 第十六話


 旅程は順調だった。
 竜の翼で一刻もかからぬ所にある国境の山裾での一日目の野営を終えて、鉄仮面たちは出立の準備と共に以降の旅程を確認し合っていた。
「すると、丁度峠の少し手前辺りで、難民達と遭遇するということか」
「えぇ。既に、難民の戦闘は山の中腹辺りまで来ているわ。もしかすると、もう少し早くなるかもしれないわね」
 当初、メイが立てた計画とクトゥラの報告によれば、二日目の昼にもエルフ領へと向かう難民と、峠の途中で鉢合わせする予定だった。これの最後尾に鉄仮面とフィルが回り込み殿軍を務め、メイの先導でエルフ領に向かう。という段取りだ。
「貴方達が自分達を護衛に来ると聞いて、士気が上がったのよ。彼らの嬉しそうな顔ったらなかったわ」
「では、それに応えねばなるまいな」
「えぇ是非そうして頂戴。それじゃぁ、私はもうひと飛びして、様子を確認してくるわ」
「気をつけてな、クトゥラ」
 砂塵を巻き上げ、クトゥラが中に舞い上がる。鉄仮面の身長の五倍もある高さに差し掛かると、クトゥラは風に乗り、峠へ向かい一直線に飛んでいった。その後姿を、鉄仮面達が見送る。と、その時準備の完了が部下から鉄仮面に伝えられる。
 号令をかけ今日の旅程を簡略に部下達に説明した後、鉄仮面達は馬に騎乗し野営地を後にする。目標は国境の峠。先陣は鉄仮面、その横にフィルとメイ。そして、その後ろを鉄仮面の部下達が二列になって続く。
「しかしまぁ、随分と整備された道だ」
 昨日の道中から思っていた事だが、竜の国へと続く道のりは、実にきれいに整備されていた。無論街中の様に石畳という事は無いが、小石が少なく馬車や馬の走りやすそうな、粘質のある土のしっかりした道である。
「整備されたと言うか、踏み固めるうちに自然とこういう道になったっていうのが正解ね」
「それほど、エルフ領と竜の国は交易があった様には思えないのですが」
「いやいや、他の国からもこの道は使うからね。こと、竜の国は魔人領の盟主の娘の国だから、外交のために色々な使者が通るのよ。ね、フィルさん」
「確かに、年中女王様は謁見をなさっておられましたね」
 と、途端に暗い顔をするフィル。死んだ自分の主人の事を思い出してしまったのだろう。しまったという表情で口を押さえるメイ。どうしようかと、鉄仮面の方に救いの視線をメイは送る。
「あ、あ〜。しかし、魔人領の盟主の娘という話だが。そもそも、魔人領の盟主とは、いったい?」
「魔人領の盟主とは石灰龍の魔人エーガル様のことです。嘗ての大魔王を倒した筆頭であるエーガル様は、魔界を魔人・獣人・妖怪・アンデットで済み分けると言う盟約の下、各地で不毛な争いを起こしていた魔人たちを一角に集め、他国で暴れないように力でもって押さえ込んでいるのです」
 魔人。メイから聞かされたから、大体のことは分かっている。そのあまりの強さに、自分自身の本来の型をはずれ、人の型を取るようになったもの。普通の魔界の住人を遥かに凌駕する力を持ち、そして今回の様に単騎で国を覆すこともできる存在。
「たしかに、魔人が魔界のあちらこちらで好き勝手していれば、混迷の時代が続きますな」
「はい。ですから、敬意を込めて、魔人領の盟主とエーガル様のことを皆さんお呼びになるんです」
「で、竜の国っていうのは、そのエーガルさんの同属である竜族リザードマンの住む国で、魔人の統率で手一杯だから、自分の娘に統治させてたってわけ」
 なるほど。それでこの道ができるほどに、交易が盛んだったのか。
 納得のいった鉄仮面は、改めて道を見下ろす。この道を様々な種族の使いが通ったのであろうと思うと、なんだか少し感慨深い気がした。
 それにしても、規格外の魔人を統べる魔人。おそらく、相当の力量を持った魔人なのであろう。しかしまた、そのような者が居てなぜ、今回のような魔人による他国の侵略が起きたのか。
「でも、その大魔王を倒したっていう魔人も、月日の流れには勝てなかったってことよ」
 鉄仮面が不思議そうに道を見つめ何やら思案に明け暮れているのを察したのか、歯切れの悪そうなフィルに変わって、メイが鉄仮面に語りかけた。と、その先は自分からと、フィルがメイのほうに眼で合図したので、メイも何も言わずに頷く。
「メイさんの言うとおり、老齢のためエーガル様はここ数十年で急激にそのお力を落とされました。その為、魔人達の中にはエーガル様に反旗を翻し、他国で略奪を行う者も少なからず現れ始めたのです。そこで、同属の飛竜や私やお兄様のような竜騎兵を用いて、大規模な軍隊を編成し、今まではそれで対処してきたのですが……」
「今回、その軍隊の隙を突いて、その魔人が侵略してきたということか」
「はい……」
 話を聞く限り、どうやら魔人領も混迷気にあるらしい。老婆が、アル様でなければこの国を導けないと言った意味が分からないでもない気がする。
 もし、魔人を統べるエーガルに代わり、立つものが現れなかった場合、この魔界は魔人達により蹂躙されるだろう。
 そう、この魔界は、いまや混乱の時代に突入しようとしているのだ。
 と、ここでふと、鉄仮面が思いつく。
「しかし、そうすると、エーガル殿の軍隊は今回の件に関してはどう出るのだろうか」
 魔人たちを統べるための軍隊があり、そしてその軍隊を掻い潜り、結果として自分の娘の国、そして自分の同属の住む国を侵略したのだ。それで、魔人の盟主が黙っているはずが無い。おそらく、侵略を行った魔人に対して何らかの対処を講じるはずだ。
「お兄様率いる遊撃部隊が、難民の護衛に出たと言う噂は聞いています。護衛が終わった後で、おそらく制裁のために、進軍すると思われますが……」
「それより早く、こちらに攻め込んでくるかもしれないわね」
 残念そうに鉄仮面が俯く。なんにせ相手はエーガルの軍隊の隙を突いた切れ者だ。退路の確保に、それこそ疾風の如くエルフ領を侵略する可能性がある。そうなればと考えると、交戦前のエーガルの遊撃部隊の制裁は期待できないからだ。
 しかしながら、その遊撃隊と上手く連携を取る事ができれば―― 多少の被害は被るかもしれないが、エルフ領の者だけで戦う事と比べれば、勝機は充分に考えられる。
 そのかけ橋となるであろう者は、おそらくフィルとクトゥラであろう。
「フィル殿。フィル殿の兄上と連携を取ることはできないだろうか? 魔人と事を構えるにしろ、今の我々では心もとない」
「え、は、はい。私が取り持てば、兄の方からエーガル様に話は通ると思いますが」
「よし……」
 アルが竜の国の難民を受け入れたのはあながち、間違いではなかった。むしろ最善の判断だったと考えられる。それにより、共通の敵を持つ国との僅かながらつながりを持つ事ができたのだから。
「まったく、アル様のお人よしは計算づくなんじゃないのかしら」
「いや、きっと、損得関係なしにアル様なら助けたでしょう……」
 同じことを考えていたのか、メイが鉄仮面に語りかけた。
 不可思議そうな顔をするフィルに微笑みかけると、鉄仮面は視線を前に向け峠を見据える。
 今は、難民達を無事に助ける事が最優先の事項だ。魔人に対する対処は、村に帰ってからアルやブランを交えて考えれば良い。
 鉄仮面たちの馬は坂道をぐんぐんと登っていった。