竜の王と竜の姫 第十四話


「え、あ、え? その、あの……」
 いきなり蚊帳の外から内側に引きずり込まれた少女は、いったいどうした物かといった感じに当たりを見渡している。
 はて、こんな少女、この村に居ただろうかとアルは思考をめぐらせるが、該当する顔は記憶の中に見当たらない。というよりも、耳だ。こんな、尖っておらず丸い耳は、見た事が無い。
 同時に、彼女が着ている甲冑。それも、見た事が無い。そもそも平和な村に、甲冑などがあるはずがない訳で、鉄仮面が組織した自警団ですら、皮鎧に身を包んでいるのだ。
 とすると、この少女は村の外から来たということか?
「あぁ、失礼しましたアル様。こちらのお方は、フィル殿といって隣の国から訳あってやって来られたのですよ」
「お初にお目にかかります…… え〜と、大魔王様と言ったほうが良いんでしょうか?」
「ん? アルで良いぞ」
「それでは、アル様。私は隣国、竜の国にて第一軍騎竜部隊隊長をしております、フィルと申します」
 竜の国。そんな名前の隣国がこの近くにあったのか。いや、そういえばメイの奴がそんな国があるなんてことを言っていたような気がする。西の村に山を隔てて接している国で、たしか竜やリザードマンが住んでいる国だとかどうとか。思い出せば、国交に関する書状に何回か判を押した覚えもある。
 しかしまた、その国の騎士がいったい何の用だというのだろう。宣戦布告する、というのなら、もう少しいかつい使者を送るだろう。いや国交に関する書状もあったのだ、そもそも隣国とはそこそこに友好な関係にあったはずだ、それはない。では、何故この少女は、ここに来たのか。
 と、ここで老婆の言葉がアルの脳裏に浮かび上がった。時は一刻を争うと。
 みすぼらしい格好のフィル。顔こそ小奇麗だが、彼女が身に着けている甲冑は、まるで戦禍の中を今まさに駆けてきたといったかんじに、傷つき汚れている。
「竜の国で、戦があったのか……」
「! なぜ、その事を!」
 やはりかと、アルは老婆のほうを向く。老婆は何も言わずこくりとうなずく。老婆が言っていた、一刻を争う事態とはどうやらこのことらしい。隣の国で戦が起こり、それがおそらくこのエルフ領にまで災いをもたらす可能性がある。いや、おそらく、老婆の読みでは、必ずもたらすのだろう。
 その災いを防ぐために、俺様にエルフ達の先陣に立てと言うのだ。
 平和な世を治めるのなら、メイ達で十分だろう。だが、乱世を収めるには、強い力が要る。戦に際して皆が安心して身を任せられる、勇将としての力が才覚。それを、老婆は俺様に求めているのだ。
「私達の国は長らく魔人領とエルフ領の間で、魔人領の盟主の庇護の下、自治を行ってきました。しかし、先日。魔人領から一体の魔人と魔女が現れ、領土を荒らし始めたのです」
「たった、一体の魔人に?」
「はい…… 奴らは瞬く間に、国の半分を焦土と化し、女王様の納められる王城に攻め込みました。女王様は、なんとか魔人に一矢報いようとしたのですが……」
 悔しさに目に涙を浮かべ、俯くフィル。その肩をそっと、鉄仮面が抱く。大丈夫ですと、気丈そうに顔を上げると、フィルはアルの方を向いた。
「残された私達騎士団は、女王様の最後の命で国民達を隣国に逃がす為、各地に飛びました。私がここにやってきたのもその為です。アル様、それから、お並びのエルフ四大村長の皆様。どうか、国民達を受け入れてくれないでしょうか」
 おのおの顔をあわせる、四大村長とブラウン。微かにざわつく部屋の中で、アルと老婆だけがフィルをじっと見つめる。
「どうする、アル。はっきり言って、今この村に難民を受け入れる余裕なんて無いぞ」
「受け入れられる、受け入れられないってことが問題じゃねえ。そうだろ、婆さん」
「作用でございます、アル様。受け入れたところで、この国の命運は変わりませぬ。根本的な解決が今は必要なのです」
 おそらく。隣国の蹂躙が終わった場合、次に襲われるのはこのエルフ領に違いない。大きな領内に点在する村。今までは、小さな村の村長たちが共同でこの国を運営してこれた。だが、こんな強大な危機に対して、強大な外敵に対して、力を分散するような守りでは守る物も守りきれない。それこそ今のこの国の状態は、国中をまとめるにたる英雄や王の不在は、敵にしてみれば格好の標的対象に違いないのだ。
 そして、もしこの国が滅ぼされれば…… そうなってしまえば、難民もくそも無い、その難民を受け入れる国が無くなるのだ。明日は我が身の状況を前にして。受け入れるも受け入れないも、無いのだ。
 今考えうる重要な事、それは。いかにして、この国をその強敵から守るか。その一点だ。
 果たして俺様に勤まるのか。この国中の民の命を預かり、この戦に勝つまでは行かなくてもこの国の平和を守りきる事が。だが、俺様がやらないなら、一体代わりに誰がやるというのか。
 アルは振り返ると老婆を見据える。
「婆さんよ。俺は、この村の村長になる時、この村を守るために承諾したつもりだった。今度はそれをこの国のためにやれってことか?」
「一部始終は把握しております。アル様、おそらく敵の魔人に対して互角に戦えるのは、貴方様を置いて他におりません。塔を砕いた貴方様以外に」
 そうだ、俺様しか居ないのだ。この愛すべき民達を守り、この国の平和を守ることのできる男は。そして、何よりも俺様は守りたい、この国の民も、この国を頼り遠くからやってきた民を。
 だったらもう、アルにとって答えは決まっているも同じだった。
「婆さん。あんたの言葉を信じさせてもらうぜ」
「その言葉に答えられるように、私もアル様を信じさせていただきます……」
 微笑む老婆に背を向けてアルは、フィルと鉄仮面の方へ顔を向けた。
「分かったぜ、フィル。その提案承知した」
「で、では!」
「鉄仮面! お前は部下数名を連れて、竜の国に向かえ! ブラウン、バル、ウィンは、それぞれの村から戦えそうな奴らをかき集めろ!」
「アル!」
「アル様!」
 鉄仮面とブラウンの声を背に、アルは腕を組む。自分の出しうる最大の威厳を込めて、アルは声を張り上げた。
「今からこの国の運命は、この大魔王アル様が預かった! 皆、俺を信じてついて来い!」