「味噌舐め星人の就職活動」


 店長に俺を雇う余裕がないのは分かっていた。もちろん、雇って貰おうなんて気は微塵もなかった。それでも、考えておくよと彼が返してきたのに、俺はなんとなく救われたような気がした。結局、俺は店長のことをなんだかんだと言いながら慕っていた。そして、店長も俺の事を何だかんだと言いながら頼りにしていたし、一人の人間として大事に扱ってくれていた。俺の様なろくでなしが、どうにかこうにか、この歳まで生きてこられたのは、この男の無能に救われたからではない。この男が俺を信じてくれたからだ。お互いがお互いに、なまじ人間としては不完全で、一人で生きて行くこともままならぬのを知っていたからこそ、そして、俺よりも長く生きていた彼が、そのことを痛感してたからこそ、俺は彼に生かされた、生きる場所を与えられた。確かに彼は傍目に見ても、愚かで、頼りのない人間だった。しかし、そんな不完全な彼の優しさが、結果として俺を生かしていたのだった。
 丁度いい時間だから、なにか食べようかという話になった。悪いよと俺と雅は断ったのだが、自分の作った野菜を食べさせたいのよと、祥子さんがそこを強引に押し切った。まぁ、そういう所だよと、照れくさそうに店長も言った。そう言われては食べない訳にはいかない。それじゃぁ支度をしてくるわと席を立つ祥子。お手伝いします、と、それに雅が続いて立ち上がる。別に関係ないわと言う感じに、そんな二人を見上げる味噌舐め星人。その頭を俺は軽く小突くと、手伝ってやれよと、小声で促した。反抗してくるかと思ったが、予想外にも彼女は素直に俺の言葉に従い、祥子さんと雅の後に続いて部屋を出て行った。最後に俺の方を振り向き、睨みはしたが。
「それで、あの娘とは結婚するつもりなのか。同棲してるんだろう?」
「俺をそんな色狂いのように言ってくれるなよ。どうしてそういう発想になるのか教えて欲しい所だね。まぁ、同棲はしているがな」
「やるな色男め。まったく、どうして職についてもいないのに女が寄ってくるのかね。そこの所が分からないよ。僕の様に、真面目に働いている人間こそ、女性にもてるべきだとおもうんだが。いや、思ってたんだが」
 妻子居る身でそういうことを言うか。あわてて言い直したところは、まぁ評価してやろう、結局の所、そこが大きな勘違いなのだろう。
「彼女達が求めているのは、金のなる気じゃない。安らぎを与えてくれる大樹なんだよ。大樹は金を稼がなくってもいい、ただ彼女達が疲れた時に、優しく支えて上げればいいんだ。あるいは、それは大樹じゃなくて神だってかまわない。ただ彼女達を必要として、その存在を認めてあげれば、ね」
 もっともらしいことを言うね、と、彼は苦々しい顔をする。けれど、それは本当の愛ではないよと、すぐに真顔で返した。分かっているさ、それでもそうすることで救われる人が居るのなら、それはそれで良いじゃないか。
 男女ではないが、そうして救われた人間だって、ここに居るのだ。
「それじゃ、どうするべきなのか、教えてもらおうか、お父さん」
「責任を取ることだよ。安易な関係に収まっても良い、ただ、お互いの関係に責任を持つことだ。別に深刻に考えなくていい、ポーズだけでも良いさ」