「味噌舐め星人の昼食」

「そう言えば、俺達のコンビニは結局売り払っちまったんだよな」
 俺は意図的に話を逸らした。これ以上、味噌舐め星人がどうだとか、死んだ妹がどうだとか、そういう辛気臭く、眉唾な話をしてもしかたがない。幼い子供だって居るのだ、下手に信じられでもしたら彼の今後の生育によくないだろう。こんな頭の痛くなる出来事に煩わされるのは大人だけで十分だ。
「あぁ、売り払ったよ。僕じゃもうろくに切り盛りできなかったし、やって来た店長代行が、思いのほか有能だったからね。僕の様な無能がいつまでもあの店にしがみついているより、よっぽど良いと思ってね。それなりに立地は良かったからね。すぐにオーナーが見つかって助かったよ」
「なにもオーナーまで止めることはなかっただろうに。有能な雇われ店長さんをこきつかって、美味い汁を吸わせて貰えばよかっただろう」
 残酷な事を言うねと、店長は悲しい顔をした。俺もまた、心にもない事を言ってしまったと、すぐに後悔した。売り払いたくない訳がないだろう。俺も、彼も、あの店に何年勤めていたことだろう。あの店は思い出と同じようなものだ。それを断腸の思いで売り払わなければならなかった。長期の入院の為に店を休み、復帰すれば店長代行に店を乗っ取られ。オーナーとしての権利を行使しようにも、本社から派遣された店長代行を無下に扱う事も出来ず。後遺症で元よりろくにできていなかった仕事も更にできなくなり、親しかったクルーたちの大半も去ってしまった。そんな状況で、どうしてのうのうとオーナーをできるというのだろう。愛着があるからこそ、その変貌が許せない。許せるほどに、俺の知る店長はすれた大人ではなかった。
「けれどもまぁ、君達には悪いと思うけれど、僕は止めてよかったと思っているんだ。なんとかこうして、農業も軌道に乗ってくれたからね。不思議とね、コンビニの力仕事と違って、これは苦にならないんだよ。使う筋肉が違うのだろうかね。まぁ、自分のペースで休めるというのもあるだろうけど」
「それはアンタにはあってるだろうな。とにかくアンタときたらコンビニで働いていた時から、ろくに仕事もせずにジャンプだのマガジンだの、漫画ばかり読んでたんだから。本当、苦労をかけさせられたよ」
「その節は、どうも迷惑をかけたね。いや、申し訳ないと思ってるよ」
「それでも、なんだかんだで居心地は良かった。俺もあの後、色々な仕事をやってきたけれど、一番、アンタの店が落ち着いたよ。ろくに仕事もできないろくでなしのアンタだが、不思議と、一緒に居て悪い気はしなかった。使えないなと苛立ったり、辞めてやると再三思ったけれどもな」
 よく言う、失って初めて分かる大切なもの、という奴なのだろう。俺と店長が居たあのコンビニは、恐らく、俺達の人生において、最も安らかな時、安らかな場所だったのだ。それは、それと気づく間もなく俺達の前から姿を消して、今はもう、振り返ることしかできない存在になってしまった。
 余りにも幸せすぎて、幸せだったと、俺達は気づけなかったのだ。
「また、一緒にお店でもやりたいものだね。そんなお金何処にもないけど」
「繁忙期には手伝いにでも呼んでくれよ。俺、今、働いてないからさ」