「小麦色の店長」


 健康的な体つきになったものだ。今の今まで、彼に会ったらどういう顔をすればいいのだろうかと不安に思っていたのだが、そんな心配もすぐにどこかに吹き飛んでしまった。久しぶりだね、元気そうでなによりだよ。何を言うんだ、それはこっちの台詞だと、俺は立ち上がって彼の肩を抱いた。おいおい止めてくれよと、彼は少し嫌そうな顔をしたが、どこか嬉しそうにも俺には見えた。あの女好きの店長が、男に肩を抱かれて嬉しそうにするだなんてな。人も変われば変わるものだよ。久しぶりに、俺は声を出して笑った。
「例の怪我はもう大丈夫なのか。あんんだけ酷い目に合ったってのに」
「それが不思議なくらい綺麗さっぱりと治って、とまではいかないんだけれど、不自由しない程度には治ったよ。時々、急に痛むときもあるけれどね」
 そうなのか。見かけには少しも問題なさそうに見えるのだが。そんな顔するなよ、大丈夫、ちゃんと生きていけてるんだからさ。どうやら相当に深刻な顔をしていたらしい。彼に気をかけられるとも、そんな心配されるような顔をしているとも思っていなかった俺は、暫く言葉を失った。
 店長は俺の前のテーブルに腰かけた。畑仕事のせいか、それとも例の怪我の後遺症か、座る際に少しよっこいしょと掛け声をかける。そうして座布団の上に尻を載せると、隣に座る醤油呑み星人になぜか微笑みかけた。
 ぱぁぱぁ、と、子供が店長に駆け寄ってくる。親に似た間抜けな笑顔で彼は店長に抱き着くと、鼻を垂らしてえへへと笑い、その膝の上に乗った。
 決して利発とは思えない子供の頭を愛おしげに撫でる店長。自分の事で手いっぱいで、何一つとして人並みのことができない彼も、この姿だけを見れば立派なお父さんだ。いや、もう本当に、彼は良い大人の一人なのだろう。
 なんだか妙な寂しさを俺は感じた。置いて行かれた。裏切られた。そんな感情だ。けれども、不思議と、それを悔しいとも思えなかった。
「さて、随分と久しぶりだね。あの事件以来という事になるのかな。僕も君も、あの店から去ってしまったのだけれど、お互い合わない内に色々とあったみたいだね。僕の方から報告することと言えば、彼女、祥子と結婚したことだろうか。君も知っていると思うけれど、まぁそのなんだ。入院している時に、何かと親身になって世話してくれてね、それでいつの間にやら」
「あら、入院する前からなにかと世話は焼いていた気がするけど」
「祥子さん。マサルの前でそういうことを言うのは。まぁ、事実だけれど」
 マサル、というのか、その頭の悪そうな息子は。なるほど、負け犬人生をひた走っていたアンタの息子には相応しい名前だろう。俺も、もし万が一にでも自分に子供が出来たらな、そんな名前をつけているだろうさ。
「君の方はどうなんだい。祥子から聞いたけれど、あの妹さんは、本当は妹さんじゃなかったんだろう。君の良い人だったと聞いていたんだが、彼女とは今はどうしているんだ。君の連れてきた女性の前で言うのもなんだが」
 どうやら、この数年である程度の常識は身に着けたらしい。が、根柢にある本性というか、空気を読まない性格は少しも変わっていないらしかった。
「そうだよ。そういう事を普通聞くかね、久しぶりにあった友人に」