「店長との再会」


 懐かしい部屋に通された。それはいつの日か、俺と醤油呑み星人とB太が一緒になって鍋をつついたあの部屋だ。店長の個室だったと思うが、いつの間にやらその内装は様変わりしていて、壁に立てかけられていたパルプ製のタンスもなければ、部屋の隅に重ねられている布団もなかった。代わりに部屋の中央に大きな座卓の置かれており、壁に貼られていたポスターの代わりに、達筆な縦軸が壁にはぶら下がっていた。
「新築とまではいかなかったんだけれど、増築して寝室を作ったのよ。それで、今までのあの人の部屋は客間にしたのよ。掃除するの大変だったわ」
「だろうな、色々とため込んでいそうだから、あいつ。コンビニでもそんな感じだった。ラーメンの整理くらいしか能がなかったからな」
「本当にね。けど、今思うと、あの仕事はあの人には向いてなかったのよ」
 今思わなくてもずっと昔から知っていたさ。そう言って笑う俺の前に醤油呑み星人は湯呑みを差し出した。小ぶりな柿くらいの大きさの湯呑みの中には、緑色の液体が白い湯気を立てて漂っている。
 気が利くようになったじゃないか。家庭に入ると、どんな女でも気が利くようになるらしい。俺はそれをすぐに手に取ると、ぐいと一息に飲み干してみせた。せっかちじゃないの、まったく、昔からそういう所で気が利かないんだからと醤油呑み星人が笑う。彼女の言うとおりだね、俺もいい加減、家庭を持って落ち着くべきところに落ち着くべきなのかもしれない。
 もし望みが叶うならば、いや、やめておこう。そんなのは思った所でどうなるものではない。だからこそ人は落ち着くべきところに落ち着くのだ。
「変わらないって言ったけれど、貴方、少しだけ変わったわね」
「変わったって? そうか、俺は別になんとも感じていないけれど」
「変わったわよ。といっても、私もどこがどうとはっきり言えるわけではないんだけれどもね。そうね、昔より積極的になったというべきかしら」
 積極的ね。特に意識したこともないが、まぁ、そうなのかもしれないな、と、俺は適当に相槌を打っておいた。そんなに昔の俺は消極的だったのだろうか。それなりに、仕事には真面目に取り組んでいたつもりなのだが。
「仕事の話じゃないのよ。どちらかというと、態度、いや、生活感。生き方とでも言うのかしらね。なんだか昔の貴方は死んだような感じだったわ」
「悪かったな死んでいて。ちょっと待て、俺の事が心配で家に呼んだんだろうがよ。死んでる時より落ち込んでたって、どういう状況だよ」
「ここが地獄の底という感じかしら。変ね、つい最近会った時には、確かに心配なくらい深刻な顔をしていたはずなのに。何か良い事でもあったの?」
 斜め前に座った醤油呑み星人に視線と質問を投げかけられて、俺は返答に窮した。味噌舐め星人が帰ってくるのだ、と、言って良いのだろうか。
「やぁ、悪いね、待たせてしまって。ちょうど仕事をしていた所でさ」
 困っている俺の背中で、懐かしい声がした。緑色の作業着。その袖を土色で汚した男が、部屋の入り口に立っている。小麦色に焼けた肌に、健康的な体つき。違う意味で変わり果てた店長の姿に、俺は暫く見入っていた。