「店長の家」


 久しぶりに訪れる店長の家は、まるで変わっていなかった。増設されたようでもなければリフォームされたようでもない。昭和の香りが漂う、農家らしい木造家屋。コンクリートを流し込んだだけの、荒っぽい造りの駐車場に軽トラックが止っている。その隣には赤い軽自動車。チャイルドシートが、運転席の後部座席に据えつけてあるところを見るに、恐らくは醤油呑み星人の乗り物だろう。宇宙からやって来て、ろくに戸籍だってないはずなのに、どうしてこいつはこんな大層なものに乗れるのだろうか。結婚すると、戸籍は勝手にできるのか。そんなことを思いながら、俺は玄関のチャイムを鳴らした。はぁい、と、優しい呼び声が聞こえて、すぐに玄関の扉が開く。
「あら、えっと、確か、息子の友達の。あぁあぁ、そうそう、今日遊びに来るって話だったわね。ようこそ、いらっしゃい、元気にしていらした?」
 えぇまぁ、それなりには元気にしていましたよと、俺は空元気に渇いた笑いをプラスして店長の母に微笑んだ。相変わらず、店長にそっくりな顔をしている。多少顔に小皺は増えていたが、痩せたという感じはない。むしろ、少し肉付きが良くなったように思う。これがはたして幸せ太りという奴なのかはしらないが、どうやら、あの事故の後、それなりに楽しく店長一家は暮らせているらしい。まぁ、無事に息子も命を取り留めて、可愛い嫁さんが来て、またまた可愛い子供まで生まれたら、そうそう悲観的にもならんか。
「あ、パパのともだちのおにいさんだ。こんにちは、おにいさん」
 店長の母の後ろから、とびきり頭の悪そうな子供が出てきた。いつぞや、醤油呑み星人に連れられて会った子供だ。見た目と違ってそれなりに頭は良いのか、俺と会った時の事を覚えていたらしい。えへへぇと、歯を出して笑う彼の頭を撫でてやると、あら、やっと来たのと、奥から醤油呑み星人が現れた。胸の前にはエプロン。すっかりと、お母さんという出で立ちだ。
「遅かったじゃないの、人妻でも女を待たせるだなんて男して最低よ」
「まぁそう言うなよ。ちょっと段取りが狂っちまってさ」
 もっと重要な所がアンタは狂いっぱなしな気もするけどね、なんて、嫌味だか心配だかわからない言葉をかけられた俺は、彼女の義母にもしたように渇いた笑いを返した。そうだな、狂いっぱなしだな、俺の人生。
「で、その後ろの二人は誰。まさかアンタの嫁さん。嫌だちょっと、よしてよ悪い冗談でしょう。どうしてそんな美人が二人も、アンタなんかに」
「日本じゃ重婚は認められてないよ。こっちは俺の同棲相手。雅ってんだ。で、もう一人、このガキンチョは、おそらく、まぁ、確証はないが、あの娘と同じ、味噌舐め星人だ。訳あって、俺と雅が今は預かってるんだよ」
 ふぅん、と、興味もなさ気に彼女は言った。何だかんだで、アンタってば一途なんだと勝手に思ってたけど、そっか、割と簡単に乗り換えちゃうんだね、とは、醤油呑み星人の言葉。そんなこと言うかね、息子の前でさ。
「分かった。それじゃ、旦那の所に案内するわよ。とはいっても、今、お義父さんと一緒に仕事に出ている所なのよね。もうちょっと待ってくれる」
 あぁ、構わないよと、玄関に靴を揃えて脱ぎながら、俺は彼女に言った。