「味噌舐め星人の復活」


 俺と雅は身支度をすると居間で寝ている味噌舐め星人を起こしに行った。俺の妹に化けた味噌舐め星人と同じで、こいつもよく眠る性質らしく、朝はまったくと言っていいほど自分から起きてこない。今日もその様子で、俺達が飯を食べている間も、すよすよと寝息を立てて眠っていた。働かざる者食うべからずではないが、起きぬ者に食わせるご飯はない。俺たちは、味噌舐め星人の事など放っておいて朝食を済ませた。それでも何度か雅の奴は彼女を起こそうとしたが、親切から差し伸べた手を、まるで蚊でも叩き落とすかのように、彼女は退けた。それでもまるでいじけた子供をあやす母親の様に何度となく雅は彼女を起こそうとしたが、結局全ては無駄だった。
 優しくするから付け上がるのだ。こういう自分の立場を弁えぬ居候には、それ相応の扱いをしてやるに限る。未だベッドの上でだらしなく涎を垂らしては惰眠を貪っている味噌舐め星人に、俺は一発重い蹴りを入れてやった。俺も鬼畜ではない、重くはあるが、速さは伴わない。パワーショベルが土を持ち上げるように、味噌舐め星人腹の下に足を差し込むと、持ち上げる。そうして体を揺さぶってやると、ようやく味噌舐め星人は、眠たそうに目を擦り呑気な欠伸をした。おはよう、もう出かける時間だぞ。とっとと起きろ。
 味噌舐め星人の着替えに付き合わされること三十分。結果として、醤油呑み星人に一時間ほど遅れる旨を伝えた俺は、駅前へとのんびりとした足取りで向った。駅前に来たが、何も乗るのは電車ではない。その駅の手前、無駄に広々としたロータリーからバスに乗ると、俺達は来た道を戻って山奥の方へと向かう。市街地から少し離れた所にある店長の家には、この一時間に一本あるかないかのバスを使うしかない。近くに電車は通っておらず、また、残念ながら、俺は車の免許を持っていなかったし、雅も持っていない。なにより車を持っていないので、田舎へと向かう手段はこのバスしかないのだ。
 前に住んでいたアパートからは近くて良かったのだが。やれやれ、どこかの誰かさんが引き払っていなかったら、今でも住んでいただろうにな。なんて、今更過去を悔やんでみる。いや、悔やむならばもっと別の事を悔やむべきだろう。味噌舐め星人が居なくなったこと、詩瑠の事を忘れて、結果二人の心優しい女性を傷つけたこと。そして、生きる希望を見失い、多くの人間に迷惑と心配をかけながら、こうしてだらしなく生きながらえていること。全ての悪夢はあの日から始まったのか。いや、悪夢じゃない、これは現実なのだ。詩瑠が死んだ日から、詩瑠が病気にかかった時から、俺はこの生温く気味の悪い現実と戦う定めとなっていたのだ。こうして、逃げることなど本当は許されなかった、それだけなのだ。立ち向かうより他に、道はない。
「どうすれば正解なんだろうな。いや、正解なんてないのか。立って、ただ立ち続けることしか、俺には出来ないもんな。背を向けないことしか」
 どうしたんですか、と、雅が俺を不安げな目で見ていた。いや、なんでもないと、俺は彼女の頭を撫でる。こういう風に、彼女の頭を撫でることは、滅多にない。そして、今までにない気持ちで、俺は彼女の頭を触っていた。
 立ち向かおう、俺の人生に。やがて現れる、味噌舐め星人の為に。