「味噌舐め星人の呪い」


 くだらない夢を見たものだ。俺は汗だくで布団の中から這い出すと、洗い呼吸を落ち着かせるべく深呼吸を行った。バカバカしい、誰が生きているんだって。今更、あの娘が生きていた所でどうなるというんだ。俺は、確かに彼女の事を必要としていたが、彼女が生きていたらと望んだが。けれど、そんな都合よく世の中が回っているはずがないだろう。彼女が余りに恋しくておかしな夢を見たのだ。ただそれだけなのだ。なのに何故だろう。そうだと思っていても、何故だか今日は気分が良い、何故だか、窓から差し込む光を温かく感じている。昨日まで、生き地獄のように感じられた現実を、俺はどうしてこんなにも幸せに感じられるのだろうか。どうかしている、どうかしているんだ。醤油呑み星人に会って、B太に会って、俺の中で何かがどうにかなってしまった。今を生きている俺が、過去に戻りたくって疼いている。
 戻れるわけがないのだ。人は思い出の中に生きる者ではない。今を生きる者なのだ。今までだってそうだ。程度こそあれ、俺は味噌舐め星人の死という過去のしがらみに捉えられて、あがくばかりの毎日だったのだ。味噌舐め星人が再び俺の前に現れる前だって、詩瑠と味噌舐め星人の失踪に、記憶を失ってはいたが、囚われた生き方をしていたじゃないか。もう、忘れてしまうんだ。その為に、俺は雅を抱いたし、雅と暮らしているんじゃないのか。彼女と共に、嫌な事を忘れて、虚ろながらもなんとか、この世界で生きて行こうとしているんじゃないのか。なのに、なのに、どうして。
 その夢を見たことが恨めしかった。どうしてこんなにも気分が良いのか納得がいかなかった。それは、今の俺の生き方を否定している。今、苦しみの中に居て必死にあがいている俺と雅を否定しているのだ。楽になりたい気持ちはわかる。しかし、今の自分を否定することに、なんの意味があるのだ。肯定して、強く生きて行くと決めたんじゃないのか。俺の、俺の馬鹿野郎。
 ふと、俺は一緒に寝ていた雅の事を思い出した。俺が慌てて起き出したので、つられて起きた彼女は、寝ぼけ眼をこちらに向けて、そして、次の瞬間には大きく見開いていた。まるでうしたんですか、とでも言いたげに。
 俺の顔に何か付いているのか。見えない手を弄ってもなにも分からない。そう言えば、前にもこんな事があったな。そうだ、あの日も俺は妙な夢を見て、そして、目が蛇の目になってしまったのだ。バカバカしい、そんな不思議な事が何度も続いて溜まる物か。蛇の神様の夢を見て、目が蛇の目になるというのなら、味噌舐め星人の王の夢を見れば、いったいどんな容姿になるというのだろう。顔が味噌色になるのか。それとも、味噌顔になるのか。ならばいっそのこと味噌舐め星人になってしまうのも良いな。
「どうしたんですか、そんな、朝から笑って。何かあったんですか」
 どうやら味噌舐め星人になった訳ではなさそうだ。確かに、口の辺りを手で弄ってみると、微かに口元が吊り上っているのが分かった。そうか、俺は笑っていたのか。朝っぱらから隣で寝ていた男が、突然暴れるようにして布団から抜け出して、それで不気味に笑っていたら。それは不信に思うのもしかたないだろう。当然の話だな、と、俺はその口のまま息を吐き出した。