「B太との再開」


 醤油呑み星人との約束の日の前日。友人宅にお上がりするにしては、みすぼらしい服装をどうにかしようと、俺と雅は連れだって近くのスーパーへと出かけた。味噌舐め星人は眠っていたので家に残してきた。彼女もまた、醤油呑み星人の所に連れて行く予定だが、服装に関しては、詩瑠のおさがりがあるから大丈夫だろう。それにしたって、誰とも合わないからといって、随分とくたびれるまで着たものだ。もはや洗い過ぎて立たなくなった皺くちゃの襟に、色素の抜けきったシャツ。雅に関しては、流石は女の子、くたびれた様子はそれほど目立たないが、その服の裾はさりげに破れている。
 人の家に行くのなら、それなりの服を着て行こう。言い出したのは俺の方だった。雅は、すぐに俺の方に信じられないとでも言いたげな顔を向け、まだ着れますよ勿体ないと食いかかってきた。まぁたまにはいいじゃないかと俺は強引に押し切った。雅の奴になんか買ってやりたいという思いもあったし、服なんてものは生活上どうしても必要な物だ、そこまでケチる様な生活というのに、抵抗の様なものがあったのだと思う。実際、着る服までケチりだしたら、もうその家庭の生活は持ち直せない所まで来ているだろう。
 大型スーパーの二階に出店していた、名の知れた衣料品店に俺たちは足を運んだ。二年前から対して変わり映えのない、それでいて、しっかりとした造りの服を手に取って、俺達は久々に恋人らしいショッピングを楽しんだ。たった一つか二つの服を買うだけで、なんでこんなに楽しいんだろうね。買いもしないのにとっかえひっかえ、試着室で着替えては、似合う似合わないと指をさして笑いあう俺達。店員もうざったくてしかたなかったろう。
 そうして、ジーンズのコーナーに移動したときの事だ。外国人モデルに交じって、男性のモデルがストレッチジーンズを穿いているのに俺は気が付いた。精悍な顔立ちに細い腕。手にはエレキギターを持ち、その笑顔の横には黒いフォントで、ギターもジーンズもきっちりやらなくっちゃ、と、なんとも意味の分からない言葉が書いてある。見ないモデルさんだ。いや、ここの店のモデルはいつもそんな物か。よくよく考えてみると、アニメのコラボTシャツくらいしか、有名な物はないからな。若くてギャラの安いモデルを使うことで、広告費の面でもコストを抑えてるのだろう、この会社は。
「どうしました。さっきから、その、写真を見あげて」
 しかし、何故だろうか。不思議と俺はこのモデルの男に惹かれた。そのモデルの、紙に印刷された顔をまじまじと見つめずにはいられなかった。
 どこかで見たことがある。それが何処なのかは思い出せないが、とにかく俺はこの男の事を知っている。どこかで一度、会ったことがある。そう思えてならなかったのだ。あぁ、どうしてモデルの名前が、ここに一緒に書かれていないのだろうか。そうすれば、このもやもやもすぐすっきりするのに。
 その時だ、天井で電子音が鳴り響き、次いで女の声がスーパー全体に響き渡ったのは。内容は、今からサイン会を、俺達が要るスーパー内店舗の前でやるということ。そして、そのサイン会の開催者は、今を時めくジャズ奏者であらせられる、能美健太、またの名をB太という俺の後輩だった。