「味噌舐め星人の詮索」


 暫くすると雅は眠ってしまった。俺の胸の中で安らかな寝息を立てる雅。俺が抱えている孤独と彼女がため込んでいる孤独の質は似ている。彼女が俺に語ろうとしない、逃げ出してきた家族に対する疎外感。それは、俺が家族の誰とも理解し合えないと感じたそれではないのか。あるいは、彼女が家族から黙って逃げ、こうして俺の元で暮らしているのも、連絡する素振りも見せないのも、誰も悲しませたくないと、自ら家族と距離を取った俺と、同じなのではないだろうか。そういう部分が、俺と彼女を引き合わせたのか。
 雅と俺が初めて出会ったのは、味噌舐め星人と都会に出かけた日の事だ。あの日、今ほどずけずけと、いや、今でも遠慮しがちにモノを言う雅と、俺は電車の中でたまたま隣り合った。彼女の顔を見たとき、俺はその造りの良さに驚いたものだ。こんなに美しい人間が居るものなのかと。そんな彼女がなんなのか俺に話しかけてきて、知り合いになり、やがてこうして同棲するようになった。二人の共通点と言えば、同じ小説家を愛しているというだけだ。佐東匡。売れない、冴えない、面白くない、そんな作家が、俺達を何の因果か結びつけたのだ。あの日、もし、俺があの駅の中で、佐東匡の本を読んでいなかったら、彼女とこうして、一緒に暮らすこともなかっただろう。
 そう言えば、最近さっぱりと小説自体も新刊も見なくなったが、佐東匡はどうしているのだろうか。同人界隈にシフトしたという話は雅から聞いた。しかしながら、同人の方も不調で、結局、あの旅館で貰った小説以外に、一つだって小説を出していないのではないだろうか。商業誌に返り咲くことにも失敗して、彼は、いったい今何をやっているのだろう。俺たちの様に、誰か適当な相手でも見つけて、馴れ合って傷を舐めあって生きているのか。
 それもまた良いだろう。そういう時間を知らぬ人間に、憐れな人生のなんたるかを描くことなどできはしない。それに需要があるかどうかは別だが、きっと、彼の芸の肥やしにはなるだろう。そして、また何かを書くだけの力がたまった時に、書けば良いのだ。生きてさえいれば再起の時は来る。
「滑稽なもんだな。見知らぬ相手に、自分を重ねて、自分を励ましてる」
 再起が来ると思いたいのは俺だ。こんな生活はいつか終わりを迎え、雅とミリンちゃんと、店長と、醤油呑み星人と、B太と、父さんと、母さんと。皆と笑って暮らせるような。そんな日が、いつか、俺にもやってくる。
 そう思いたいだけなのだ。今の生活がかりそめの物だと思いたいのだ。
「そうやって、現状から目を背けて快楽に逃げて、それで貴方は幸せなの」
 いつの間にか、リビングに入って来ていた味噌舐め星人が、俺に冷たい視線を投げかけていた。反論の余地のない、論破の使用のない、完璧な正論を浴びせかけてきた。そんな悲しい言葉でこれ以上を俺を傷つけないでくれ。俺はそんな思いを涙に変えて彼女に示すことも出来た。しかし、それをしたら負けだとふと思って、餓鬼には分からないさと、若さのせいにして彼女の言葉に反論した。情けのない。本当に情けのない男だよ。
「お前だってそのうち分かるさ。世の中は、こんなにもくだらない物でできているんだって。所詮、勝手に誰かが騒いでいるだけなんだよ、人生は」