「醤油呑み星人の約束」


 醤油呑み星人は少し声のトーンを落として、実はねと前置きして、なんでもないように店長について語りだした。元気だとは言ったけれども、後遺症がないわけではなかったのだと。刺し傷は体の筋肉の筋を相当痛めつけていたらしく、内臓も機能しない程に傷ついていた。手術が奇跡的に成功し、術後のリハビリの甲斐もあって、なんとか日常生活を送れるようにはなったのだが、唐突に体を襲う古傷の痛みには抗い難く、仕事をしていても必然、不定期な休憩を必要としてしまう。そんな人材を、会社が好んで雇うようなこともない。コンビニを復帰した矢先、オーナー兼店長だというのに事実上の解雇を言い渡された彼は、それなりの金でコンビニを本社に売り払い、長年勤めあげた職場を後にしたのだという。まぁ、もともと、彼が入院している間に、臨時で入った店長によって、改革と称して古い従業員の殆どは辞めさせられていた。俺も居なければB太も、醤油呑み星人も居ないコンビニに、今更未練も何もなかったのだろうが。とにかく、そんな訳で、俺から遅れること半年、同じく無職になった彼は、事務職など給料は安いがそれなりに休める職などに就いたのだが、生来要領の悪い彼にはなんとも上手くやることができず、結局これもまたすぐに辞める羽目になり、仕方なくとは言いつつも、念願だった家業の農業を継ぐことになってしまったのだという。
「あまり収入が良いとは言えないわ。今のご時世だもの。輸入物に押されてただでさえ売れないし。加えてあの人の体からして、そんなに無茶な仕事もできない。そこは色々と、知恵を絞って仕事をしていかないとね」
「知恵ね。まぁ、どうやるのかは知らないが、上手く行ったら俺にも仕事を回してくれると助かるな。そこの所、どうかよろしく頼むよ」
「嫌よそんなの。自分たちが食べるのに精一杯だってのに、どうしてそんな食い縁が減るようなことしなくちゃならないの。誰が教えるもんですか」
 まったく、ケチな所は昔と少しだって変わっていないなと俺が言うと、貴方のそういうなんでも人のせいにするところもねと、彼女は言った。お互いに、悪意はなかった。どちらも本気で言っている訳ではないのだ。憎まれ口を叩きあう事で、昔、顔を合わせればいがみ合っていた頃を思い出す。
 まだ若いつもりでいたが、無意識の内に昔を懐かしもうとしているのだと思うと、自分も耄碌したものだよ。感傷的になるのもしかたない、なにせ、あの頃は今の生活と比べれば随分と楽しかった。いや、今まで過ぎてきた俺の人生の中で一番輝いていた時期だったかもしれない。渦中にいた時には少しも気づかなかったが、俺はあの時、確かに幸せだったのだ。店長が居て、B太が居て、そこに味噌舐め星人が突然加わり、醤油呑み星人が加わり、観鈴がやっと俺の事をゆるしてくれて、そして、そして。
「なぁ、お前さ、いつなら暇してるんだ。店長も、だけど」
「え?」
 だから、遊びに行くから、いつなら予定が空いているんだよ、俺は少し怒鳴る様な口ぶりで、醤油呑み星人に尋ねた。なんだか、妙に照れくさかったのだ、自分から会いに行くと言うのが。会いたいと言っているようで。