「僕の甘味の少ない幸せな青春その二十九」


 味噌舐め星人が空気を読んでくれたおかげで、ドラマの撮影は順調に進行し、順調に終了した。カットと叫ぶとこちらに駆け寄ってきた監督は、流石は観鈴ちゃんのお姉ちゃんだ、ドラマの事がよく分かってるねと、味噌舐め星人の事をべた褒めした。まるで、俺などそこに居ないかのように扱って。まぁしかたないさ、自分のふがいなさは、自分が一番よく分かってる。
 僕達の出番はそこで終了したが、暫くの間、僕たちは観鈴の仕事ぶりを観客より近い場所で眺めていた。彼女が働いている姿を見るのは、考えてみると随分と久しぶりだ。母に半ば強引に押し切られる形で劇団に所属し、子役としてテレビに出だした頃には、よく僕もスタジオや撮影現場に見に行ったものだ。純粋に観鈴の事が心配だったのが半分、もう一つは、そういう所に居れば何か、面白い事が起こるのではないかという希望が半分。結局、居ても僕の人生は何も変わらないのだという事に気づいて、半年もしないうちに僕は観鈴について行かなくなった。いわんや、今回の撮影でも明らかだったように、僕と観鈴は決定的に違うのだ。それが恨めしいという感覚は、幼き日、スタジオから逃げるように去ったあの日に、とうに置いてきていた。
「それでは、日も暮れてきた所ですし、本日の撮影はこの辺りで。役者の皆さん、スタッフのみなさん、そしてエキストラと観客の皆さん、どうもありがとうございます。今回の撮影は、三カ月後に放映予定ですので、是非ご覧になってくださいね。視聴率と共に私やスタッフのギャラも上がるんで」
 どっと笑いが起きたかと思うと、たちまちにそれが拍手に代わる。千秋楽かという感じに撮影は終了し、撮影現場に集まっていた人たちは、蜘蛛の子を散らすように夕闇の街へと消えて行った。僕と味噌舐め星人はといえば、ここまで待ったのだから、観鈴と一緒に帰ろうかと、彼女の帰り支度が済むのを待つことにした。ついでに、どこかで夕食でも食べるとしようか。財布は心もとないが、まぁ、なんとかなるだろう。なにせ、久しぶりの外出なのだ、楽しまなくては損と言うもの。ただまぁ、コロ太だけ、なんとかしなくてはいけないだろうが。オープンテラスの店なら、大丈夫かな。
「お兄さん、お兄さん。ミーちゃん、なかなか帰ってきませんね。もうテレビによく出てる皆さんもだいたい帰っちゃったのに。どうしたんでしょう」
「そうだな。ちょっと遅すぎるな。もしかして、何か問題でもあったかな」
 ちょっと心配ですねと味噌舐め星人が言うので、様子を見に行って見ることにした。芸人待合所となっていたテントは、今もまだ撤収作業に従事しているスタッフたちの拠点として機能していた。そこで、忙しなく指示を出している、ADさんを捕まえると、僕は観鈴はどうしたのかと彼に尋ねた。すると、少し驚いた顔をして、観鈴さんならもう御母さんに迎えに来られて、次の現場に向かいましたけれど、と、心配そうな声色で僕に応えた。
「えぇ、もう、ミーちゃん行っちゃったんですか。なんだ、残念です」
 やられた。母さんめ、余計な事をしてくれやがって。こんな日くらいスケジュール調整して、僕達と一緒に帰れるようにしてやれよ。それでなくても今から仕事って。まったく気の利かない人だよ。仕事の鬼め。