「僕の甘味の少ない幸せな青春その二十四」


 その日、僕と味噌舐め星人は二人で出かけることになった。出不精な僕、同じくらいに引き籠りがちな味噌舐め星人。そんな二人が連れだって出かけることになったのには、もちろん理由があった。観鈴が、俺達の住んでいる街の近くでドラマを撮影することになったのだ。撮影は一般公開、大々的にエキストラも募集している。加えて、とあるシーンで観鈴は犬と戯れるらしく、低予算故に調教された犬を雇えない番組スタッフに頼られて、我が家の忠犬コロ太を貸し出す事になったのだ。というわけで、会社に詰めていてろくに家に帰ってこれない両親に代わり、僕と味噌舐め星人は、コロ太を連れて出かけることになったのだった。そんな訳で、味噌舐め星人は嫌がったがそこをなんとか口説き倒して、僕達は連れだって昼過ぎに家を出た。
 ロープに繋がれたコロ太が僕の前を歩いて行く。首に繋がれたロープは弛むことなくピンと張っている。今が盛りのコロ太さんだ、有り余った元気が久しぶりの散歩で炸裂という所だろう。ぐいぐいと僕の腕を引っ張って前を急ぐ彼は、後ろを歩く味噌舐め星人なんてお構いなしという感じだ。
 かくいう味噌舐め星人はと言えば、女は黙って男の三歩後ろを歩いてくるという言葉がかすむほど、かなりの距離を開けて僕の後ろをついてきた。それは丁度コロ太のリードを直径とする円の範囲。いつ、コロ太の気が変わって襲い掛かって来たとしても大丈夫にということなのだろう。まぁ、こんなやり取りももう慣れた。いい加減味噌舐め星人も学習して、調子に乗らなければコロ太が襲ってこない事にも気づいて頂きたいものだが、それは彼女には少し荷が重いことだろう。まぁ、問題がなければそれでいいさ。
「ねぇ、お兄さん。ミーちゃん、今日の撮影は何役なんでしょうね。主役さんでしょうかね、それとも意地悪継母さんでしょうかね」
「あの歳で継母なんてやれたらそれは大したもんだよ。一応聞いてきたけれど、まぁ、なんてことはない脇役だよ。ドラマの主人公の同級生。まぁ、何話かにかけて台詞があるらしいから、準レギュラー扱いらしいが。まだまだ本格的な芸能人には程遠いって所だろうな。もう少し頑張らないと」
「ミーちゃんはもう十分頑張ってますよ。もう、なんで皆さんミーちゃんの頑張りに気づいてくれないんでしょうかね。もうずっと、ミーちゃんは一生懸命お芝居やっているっていうのに。そろそろ、主役のドラマが脚光を浴びてもおかしくないのに。お姉ちゃんはなんだか残念です、悲しいです」
 そればっかりは、巡り合わせという奴だ。どんなに頑張っていても、その頑張りに目を向けてくれる人は少ないし、頑張りよりも世間は結果を求めてくる。観鈴は確かに頑張っているが、画面映えする方ではない。まだ少し幼さというか、野暮ったさが残っているのだ。女優として使うには、今一つ物足りず、さりとて子役として使うには、そろそろ無理が出てくる。あるいはそれは迷い。それを払しょくするには、何か切っ掛けが必要だろう。
「いつかきっと、ミーちゃんが人気者になってくれるといいですね」
 あぁ、そうだなと、俺は遠くの味噌舐め星人に言った。それに関してはコロ太も味噌舐め星人に同意して、ロープを引っ張ると彼は大きく吠えた。