「味噌舐め星人の放浪」


 仕事をしなくなってからというもの、有り余る時間の使い方に困り果てた俺は、本を読むでもなく、テレビを見るでもなく、ギャンブルにのめりこむ訳でもなければ、ただ住んでいる街を徘徊することに精を出していた。昼間から良い大人が街をぶらぶらと彷徨っているというのは、街の景観上よくないことだとは分かっていた。しかも、俺は最近やってきたよそ者であり、街で住人とすれ違えば、眉を顰められるのが常だった。まぁ、俺が家の中で雅にやっていることを知られたら、この程度では済まないだろう。働かない俺に代わって、最近はスーパーでレジ打ちのバイトを始めた雅、そんな彼女をまるで邪魔物のように、都合の良い時だけ女として扱う俺なぞ、世間から白眼視されても仕方のない塵屑である。まぁ、そんな自虐を言った所で、俺がまともになる訳でもないし、雅が俺への依存から解放される訳でもない。
 公園のベンチで陰気くさい思考と共に紫煙を口から吐き出して、俺は空を見上げた。時刻は午前としか分からない。携帯電話の電池は切れていて、時刻を確認することはできなかったのだ。太陽は頂点を過ぎていたがまだ翳ってはいない。じりじりと照り付ける残暑の光がこの上なく鬱陶しい。ついでにいうと、先ほどから視界に入るホームレスたちも、だ。子供たちの為に作られたはずの公園は、今や真逆の老い先短い彼らによって占拠されている。まるでこの国の縮図だな。どこもかしこも、この国を築いてきたと主張する何者かによって仕切られている。若者は居場所を失くして自ら、あるいは周りからそれとなく強制されて死を選び、老人は見苦しく生き延びる。
「兄さん、兄さん、その煙草、もう吸わんかね。貰っても構わんかね」
 茶色く薄汚れた口髭をした男が、にんまりとこちらに微笑みかけてくる。俺が吸っていた煙草を灰皿に入れようとしているのを目ざとくみつけたようだ。やれやれ、言葉を交わすのも面倒で俺は彼からすぐにそいつから視線を逸らした。何も言わないということを了承と受け止めたのか、へへと笑い、汚らしい顔をした中年男は俺の手から煙草を奪い取った。
「いやぁ、今日は暑いね。暑いが、それでも吸わない訳にはいかないのが、喫煙者の悲しい性といものさぁ。なぁそうだろう、兄さん」
「さぁ、俺はそんなに吸わないんで、分からんですわ」
 そうなのかい、と、呟いてげへへと笑う。そうして彼は俺の隣に座って、もう指の第一関節ほども残っていない煙草を、満足げにその茶色く染まった髭の生い茂る口にくわえた。そして、青く透けている百円ライターをポケットから取り出すと、煙草の先端に火をつけた。そんな風に火を付ければ、髭に火が移るのではないかと思ったが、器用に彼は煙草だけに火をつけた。
 それから俺とそのホームレスが何を話したかといえば、どうでもいいことばかりだった。今の政治に対する愚痴だとか、最近の若い者に対するいら立ちだとか、自分を捨てた家族に対する未練を、ホームレス男は俺にだらだらと語った。正直、彼の不幸だ不幸だという感情ばかりが先だって、何一つ俺には彼が言っていることが理解できなかった。しかたなく、俺はそれは残念でしたね、と、彼に同情する素振りをしてみせるのだった。