「僕の不幸せな青少年時代 その二十七」


 詩瑠をテーブルに座らせると、僕は彼女に食べたい物を聞いた。彼女は少しだけ悩んで、じゃぁ、うどんが良いわと笑って答えた。できればきつねうどんが良いわと付け加えた所まで聞き届けると、僕は食券コーナーに向かった。幸いな事に、詩瑠のご所望のきつねうどんはあった。僕はそれと、本日の定食の食券を購入すると、まずは麺類のコーナーに立った。詩瑠と同じく学食にご飯を食べに来ている大検受験者は多いらしく、何人か部屋の前で見たことのある顔を、僕は列の中に見出すことができた。やれやれ、ただでさえ大学の学生でごった返しているというのに、この様子じゃ、きつねうどんを受け取るのに随分時間がかかってしまうだろう。勘弁してほしいね。
 まったく進まないうどん待ちの列に、僕はため息を吹きかけてポケットから携帯電話を取り出した。暇つぶしにネットでもしようか、そう思った時、液晶画面越しにまた見覚えのある人物の顔が映って、僕は驚いた。それは大学検定試験が行われている部屋の前で見かけたものとは違う、僕がよく知っている人物の顔。そして、すっかりと変わり果ててしまった体をした女。
「振り返らないで、そのままで話をしましょう。妹さんに、要らぬ心配をかけたくないでしょう、ねぇ、お兄ちゃん」
「やっぱり、君だったんだね。これでも僕は心配していたんだよ」
 心配されるようなことなんて何もないわ、と、僕の背中に立っている彼女は言った。寂しそうな顔をして言った。そんな顔をしたら、心配してくれと言っている様なものだろう。僕の携帯の液晶画面に映る、憂い顔の彼女に向かって、僕は、ならどうしてそんな顔をするんだい、と、尋ねた。
 彼女は疲れた溜息を吐くと、僕の背中に向かって微笑みかける。そして、ゆっくりとゆっくりと、その大きく膨らみ変わり果てたお腹を撫でた。
「見れば分かるわよね。この通り、私は今やお母さんよ。貴方や学校の同級生が呑気に大学に通う中、私はこの子に随分と悩まされていたの」
「それはなんだい、恨み言かい?」
「そうね、そういう気持ちがないわけじゃないわ」
 悲しそうに視線を廊下に逸らす彼女。どうやら、彼女は自分の妊娠を幸福な物と捉えてはいないらしい。あるいは腹の具合からいって、精神的にナーバスな状態になる時期なのかもしれない。男の僕にはよく分からない話だ。
 それにしても、彼女は捻くれてこそいるが、人としてねじ曲がっている様な子ではなかった。いったい何をどうすれば、純粋だった彼女が、自分の腹の子を疎ましく思う様な、そんな浅ましい人間に代わってしまうのか。
「ねぇ、君の身に何があったか、よかったら教えてくれないか」
 直接的な表現はできなかった。僕は彼女の心情の底にある暗い部分に光を灯そうと、彼女が妊娠した経緯について尋ねようとしたのだ。
 すると、そこは賢い彼女、僕の気持ちを汲んで適切に答えてきた。
「単純な話よ。大学受験が終わって、学校に登校した日の夜に、私はクラスの男子の一人に犯されたの。帰り際、人気のない路地裏に突然連れ込まれ、何度も何度もね。そして、運悪くこの様という訳よ」