「僕の不幸せな青少年時代 その十三」


 彼女が無駄な事を嫌う性格だというのは、なんとなくここ数週間付き合ってみて分かっていた。なので、僕の申し出が無下に断られるであろうということは、僕としても予想していたし、その後の言葉も想定してあった。
「実はさ、ちょっと駅の方まで僕も用事があるんだよ。だから、君を送っていくのが無駄ってことはないよ」
「こんな時間に用事? 本当かしら、私の事を気遣って嘘を吐いているならやめて頂戴よ。そんなことされても、私はちっとも嬉しくないんだから」
 彼女の事を気遣ってはいるが、用事があるというのは嘘ではない。詩瑠の見舞いに行かなくてはいけないのだ。毎日顔を出していたのが、今日になって急に来なくなったら、あの娘も不安がる。いや、案外図太く寝てしまっているかもしれない。まぁいい、僕が詩瑠の顔を見たくて行っているのだ。
「本当に用事があるんだ。大丈夫、心配しないで」
「……そう、ならお願いしようかしら」
 彼女の了解を取り付けた僕は、立ち上がると彼女の横に並ぶ。二人してリビングを出て、玄関の手前で下駄箱にかけていた自転車の鍵を取ると、僕はスニーカー、彼女はファーのついたブーツを履いて家の外に出た。すっかりと黒色に染まりあがった夜空。彼女と一緒に帰ったどの日よりも、暗い空をしている気がした。月は出ている、星も輝いているのに、何故だろうか。
 彼女の足取りに合わせてペダルを漕げば、ちりちりと自転車の鍵にかけたキーホルダーが自転車に当たって音を立てる。一昔前に流行った、イベントのマスコットキャラクターだ。僕の視線に気づいたのか、前から言おうと思ってたけど可愛いキーホルダーを付けてるのね、と、彼女が言った。好きで付けてる訳じゃないよ、付けてないと妹が残念そうな顔をするからねと、苦笑いを交えて僕が答えると、何故か驚いた表情を彼女はしてみせた。
「貴方、妹が居たの?」
「居るよ、二人ほどね」
「さっき家に居なかったじゃないの。寝てたの? そんな訳ないわよね」
「色々と家庭が複雑でね、上の妹はちょっと病気を患ってて、今は病院に居るんだよ。下の妹はまだ子供なんだけれど仕事をしててね、その都合であまり家に寄りつかないんだ。両親は下の妹につきっきりで、それで、さ」
 言葉を失った彼女は目でその驚きを僕に訴えかけてきた。やがてそれは憐みに代わり、なんだか申し訳ないとでも言いたげな表情に変わった。
「あっ、気にしないで。別に話したくなくて黙ってたわけじゃないから。話すタイミングが見つからなかったし、話す必要も感じられなかったから黙っていただけで。ほんと、他意はないんだ」
「でも、妹さんが病気で入院してるって。そんな、重い病気なの?」
小児癌だって。手術してもどうにもならない段階のね。それでも、余命半年って宣告されてから、もう二倍近く生きてるんだから驚きだよ」
 気付けば、僕たちは何もないのにその場に立ち止まっていた。彼女が立ち止まったのか、僕が立ち止まったのか、それはちょっと分からなかった。