「醤油呑み星人の再開」


「ねぇ、ちょっと、聞いてるの? というか、大丈夫なの? なんだか、顔色が悪いわ。疲れてるみたいだけど。もしかして、風邪でも引いてるの」
「……大丈夫だ。風邪もひいてないし、気分も悪くない。ちょっと、意外な人物が意外な格好をして現れたから、驚いただけだよ。よう、久しぶり」
 そう、意外で悪かったわね、と、ちっとも悪そうに思ってない顔つきで、醤油呑み星人は俺に言った。子供を産んだからだろうか、皮肉っぽい彼女の口ぶりの中にも、少し温かみの様なものが感じられた。いや、待て、そもそも、俺は彼女が引いているカートに座っている子供の事を、彼女の子供と判断したが、はたして本当にそれは彼女の子供なのだろうか。実は意表をついて、近所の子を少し預かっているとか、そういう事ではないのだろうか。
「まぁまぁ、にーにぃー、だぁぇ? だぁえ?」
「うん? あぁ、このお兄さんはね、パパのお友達よ。そういえば、なんだかんだで、このお兄さんと会うのは初めてだったわね」
「ぱぁぱぁのぉ、おともりゃぁ?」
 カートに座っているスポーツ刈り男の子の純粋な瞳が俺を見つめてきた。それは、なんというか、よく見覚えのある視線。その昔、働いていたコンビニで、俺が、女の子と仲良く話していると、背中に感じた、興味の視線。間違いない、この子は店長の子供だった。そして醤油呑み星人の子供だった。
 そうか、二人とも、結婚したのか。しかも、子供まで作ってたのか。
 あの事件以来、彼らとすっかり音信を途切れさせていた俺には、知る由のなかったこととはいえ、なんだか知ったこっちとしては複雑な心境である。俺が不幸の底に落ち込んで、抜け出せなくなっている間にという、どこか裏切られたような気分にならないでもなかった。そんな自分が浅ましくもあったのだが、それでも思わずには居られない。それくらい彼らの幸せが俺には眩しかった、羨ましかった。また、反面とても嬉しくもあったのだった。
「ねぇ、貴方、最近どうしてるの? あの人が退院する前に、勝手にコンビニ辞めちゃって。それから何の音沙汰もないんだから、心配したのよ?」
「悪かったな。どうにも、あの本社から来た新しいマネージャーに馴れなくてさ。とにかくすぐに辞めたかったんだよ。お前らに何の挨拶もなしに出て行ったのは悪かったと思ってるんだ。すまん、許してくれ」
「……まぁ、あのマネージャーじゃ仕方ないわよ。私達だって同じ様なものだったし。けど、少しくらい相談してくれても、よかったんじゃない。私たちが力を合わせれば、あいつの好きにさせないことくらい、できたんじゃ」
 そう言って、彼女は僕の方を覗き込んで、そして、顔を背けた。ごめんなさい、そういう問題じゃないわよね、と、自虐的に呟くと、それっきり彼女は何も言わなくなってしまった。代わりに彼女の前に座っている、間の抜けた顔をした息子が、まぁま、まぁま、と彼女の事を呼んでいた呼び声に無言で応え頭を撫でる醤油呑み星人を、俺は何処か冷めた気分で見つめていた。
「とりあえず、ここで会えたのは何かの縁よ。連絡先、教えて頂戴」
 ちょっと待ってくれと言づけ、俺はズボンのポケットを弄った。