「僕の幸せな幸せな子供時代、そのにじゅうご」


 診察はすぐに終わった。詩瑠の瞳を見て、喉を見て、聴診器で胸と背中から心臓の音を聞いて、先生は、詩瑠の裸を見ないように壁側を向いている僕に、過労からくる熱だね点滴を打てば治るだろう、と、実に分かりやすい病名と処置を告げた。やれやれ、なんだよ心配させて。ただの過労だなんて。
「待ってください先生、過労でもこんな高熱でるものなんですか?」
「まぁねぇ。肉体的にも精神的に参ってる時なんかはね。とりあえず、点滴を打っとけばすぐに良くなるよ。このまま学校に行っても大丈夫なくらいにね。詩瑠ちゃん、あんまり夜更かしはいかんよ。君くらいの年ごろの子は、しっかり食べてしっかり運動してしっかり寝ないと、成長が悪くなる」
 どうやら、詩瑠の日ごろの生活が悪かったらしい。顔を真っ赤にする詩瑠を、それじゃ点滴を打とうかねと、年老いた看護婦さんが奥へと連れて行った。詩瑠が居なくなると、はぁ、と自然に深いため息が僕の口から漏れた。
「すみません、先生。こんなくだらないことで時間を使わせて」
「いやいや。あのくらいの年ごろだと、拗らせていたら肺炎になっていたかもしれないしね。過労と言っても馬鹿にせず、来てくれるくらいが医者としては助かるよ。どれ、君も疲れた顔をしているし、少し見てやろうか」
「大丈夫ですよ、僕は。この通り、充分に元気ですから」
「そうかね。私には君も夜更かしで眠たそうに見えるが。妹さんと違って、君の場合は特に肉体的な疲労の方が多いようにもね。ほどほどにな」
 なんでわかったのだろうか。大きなお世話だよまったく。
 きっと僕の顔は先ほどの詩瑠と同じで真っ赤になっていることだろう。なんだったら、君も点滴を打っていくかいという先生の質問に、僕は無言で首を振って答えた。まったく、この先生には昔からだけど敵わない。
「しかし、ちょっと疲れやす過ぎるかもしれないね。体質だろうか。君のお父さんとお母さんで、何か過去に病気を患っていたことは?」
「母が昔、心臓病を患っていて、手術していますけど。特にそれ以外は」
 あぁ、そうだったね、そうだった、と、我が家の主治医はもっともらしく頷いた。母も、ここに越してきてから、この病院の世話になっている。
 しかし、疲れやす過ぎるか。どちらかというと、詩瑠は僕や観鈴よりも病気になることも少なく、健康なイメージがあったのだが。
「まぁ、体の仕組みが大きく変わる年頃だからね。そういうのもあるのかもしれない。また調子が悪いようなら来るように言っておいておくれよ」
「はい。ありがとうございます、先生」
 人当りよく笑う先生にお辞儀をして、僕は診察室を後にした。部屋を出た所で、先ほど詩瑠を連れていった看護婦が待っていて、かけてお待ちくださいと皺くちゃな顔をさらに笑って皺くちゃにして僕に言った。
 既に診察室前の待合ベンチは人でいっぱいになっていて、仕方なく僕は血圧計の前にある椅子に避難すると、その近くにあった本棚の中から、一週前のビックコミックを取り出した。父さんはビックコミックを面白いとよく読んでいるけれど、最近、少しずつではあるが、分かる気がしてきた。