「僕の幸せな幸せな子供時代、そのじゅうはち」


 父も母も居ない僕の中学生活はあっという間に過ぎて、僕は県内でも下から数えた方が早い進学高校に合格した。親が居なくても子は育つという諺を身を持て知った、そんな一年だった。詩瑠もまた僕と同じように勝手に成長して、勝手に小学校の学年を一つあげた。成長すると言えば、コロ太の成長こそ著しく、最初はコロコロと可愛らしかった子犬は、今ではすっかりと観鈴と変わらない大きさまで成長していた。仕事が忙しくて会う機会を中々逸していた観鈴は、初めてコロ太と会った時に、ぜんぜんこいぬさんじゃないのでぅと、つまらなさそうに呟いた。そう、観鈴も成長していた。最近は舌足らずな事もなくなり、しっかり喋れるようになってきている。最後にでぅという癖は直らなかったが。まぁ、それもその内治るだろう、きっと。
 進学先に関しては別に不満はなかった。もともとそこまで頭の良い方ではなかったし、大学に行くことに対しても懐疑的だった僕は、進学できなくて働くことになっても良いかくらいに思って進学先を決めた。そんな調子だから、国立私立は問わずとりあえず進学を目指しているクラスの中では、必然僕は浮いてしまった。友達も、まぁ、一応は居たが、どうにも僕なんかに付き合わせて悪いという様な、妙な引け目を感じるような付き合い方しかできなかった。だからといって、それを悲観して学校に行かなくなるようなことはなかった。僕よりも引っ込み思案な所のある詩瑠が、僕の姿を見て学校に行かなくなったりでもしたら、そちらの方が悲しかったから。もっとも、僕はその辛く退屈な日常を、どこか自分が居る座標からはかけ離れた所にある現実だと認識していたので、元より特に傷つくこともなかったのだが。ただまぁ本当に、よく不良なんかにならずにやっていられると思える。
 そう、そんな事を言うから思い出したのだけれど、僕は最近身近な人物の死というものを初めて経験した。身近とは言ったけれど、別に肉親が死んだわけでもない。ただ、どうでもいい日常の中に潜んでいて、少し僕と関連性のあった人物が死んだのだ。本当に、特に改まって説明することなんて少しもない。説明しても複雑になる。どうしても僕と彼女の関係を説明するならば、女王様と下僕という関係が正しい。僕は彼女に虐げられても居たし、彼女に肉体的に求められていた。彼女は典型的な女苛めっ子の上っ面の下に、どうしようもない処女の様に野暮ったい精神を隠し持つ女の子だった。僕は彼女にとって色んな物事を確認するのにていのいいモルモットで、大人しく僕は彼女のいう事に従った。虐めの場合、正確には彼女たちだったが、彼女以外の命令は特に聞く気になれなかった。それは彼女の取り巻き達も分かっていたらしく、彼女の死後、彼女達は僕に一切の干渉をやめた。彼女達の何人が、僕と彼女が軽い肉体関係にあったことを知っているかも分からない。
 彼女のことについて僕が知っていることは、良い所のお嬢様だということと、自分とは比べ物にならない優秀な姉が居ること、そして僕の体に触れている時だけ、少女の様な表情をするということだけだった。そんな彼女は文化祭の前夜祭の夜、僕と誰も居ない教室で高度なマスターベーションをした後、夜の学校に残って、そして屋上の柵を越え、飾られた校庭に落下した。