「御園詩瑠の真意と死の意味」


 体は痛かった、死んでしまいそうな程痛かった。けれども意識ははっきりとして、目は驚くほどによく動いた。視線を下に向ける。鼻の向こうに地面に横たわる俺の腹が見える。背中から地面に落ちたのか、にしては、背中にはなんの痛みもない。いや、痛みどころか血だって流れていやしなかった。
 どういう事だ、そして、さっきの詩瑠の言葉はどういう意味なのだ。
「お兄ちゃん。ありがとう。お兄ちゃんはいつだって、私たちに優しかったわ。私にも、ミーちゃんにも、私に成り代わったあの娘にも。あの娘の正体を知ってなお、彼女の事を妹として心配するその優しさ。私は、そんなお兄ちゃんの優しさが大好きなの。だから、きっと、私が死にたいと言ったら、こうしてくれるって思ってたわ。ごめんなさいね、お兄ちゃん。お兄ちゃんを騙す事なんてしたくなかったの。けど、こうでもしないと、お兄ちゃんは思い出してくれないし、お兄ちゃんは守るでしょう、あの娘のことを」
「……あの娘ってのは、味噌舐め星人の事か?」
 詩瑠は答えずにゆっくりと起き上がる。そして、俺の瞼にもうキスをすると、コロ太の頭を優しく撫でた。今やコロ太という名前が不釣り合いなほどに大きく肥え太った白い犬は、詩瑠の手にあやされて、気持ちよさそうに目を細める。そうして、詩瑠に撫でられるのがこの犬は好きだった。一番詩瑠に愛されていた犬。死んでからも、入れ替わった味噌舐め星人を拒絶し、家族の中でただ一人だけ彼女という代替品に抵抗し続けた忠実なる詩瑠の僕。
「詩瑠、お前はいったい何が目的なんだ。俺が、お前の事を覚えている、コロ太がお前の事を覚えている、それじゃ、駄目なのか、それじゃ許されないのか。俺が一緒に死んでやればそれで良いんじゃないのか、詩瑠」
「お兄ちゃん、私は言ったわよね、お兄ちゃん達の為に、私が居なくなるのは構わないって。その気持ちは今でも変わらないわ、えぇ、変わらないの。お兄ちゃん達は私の大切な家族じゃない。お兄ちゃんにもミーちゃんにも、お父さんにも、お母さんにも、幸せであってもらいたい、それが私の望み」
「だったら!!」
「そして、そんな幸せな人達に囲まれて、私は死んでいたいのよ。私たちの家族の幸せに、あの娘は不要でしょう。お兄ちゃん、もう、私の死に狼狽えるほど、貴方達は弱い家族ではないでしょう。私が居なくなって、あの子も居なくなって、それで壊れてしまった私の家族は、もう再生できる。いえ、今なら再生できるはずなの。今しかないのよ、私が蘇るには……」
 だから、戻ってきた所悪いけれど、あの娘には今日で居なくなって貰う。そう言って、詩瑠は立ち上がると、コロ太と共に駆け出した。病院の入り口へと向かって。いや、観鈴と偽りの詩瑠が居る、病室へと向かって。
「止めろっ、詩瑠っ!! そんなことして、何になるっていうんだ!!」
 味噌舐め星人をどうするつもりなんだ。あの娘は、あの娘は、確かにお前の存在を乗っ取った娘だが。けれども、あの娘もまたお前と同じ闇を抱えている人間じゃないか。お前の存在と自分の存在の齟齬に苦しんで、一度家族の前から消えた人間じゃないか。止めろ、詩瑠。止めてくれ、頼むから。