「夕闇の少女との毎日」


 その夢は不定期に俺の頭の中で繰り広げられた。夕闇色に街が染まった頃合いで、あるいはとっぷりと闇夜で辺りが塗りたくられた頃合いで、その夢は眠気とともに俺を襲い、まるで現実との区別がつかぬリアリティで繰り広げられた。それは夕闇の少女が俺の元を訪れる夢。あるいは、夕闇の少女の元へ俺が訪れる夢。夕闇の少女が俺の元を訪れるのは、決まって味噌舐め星人が部屋に居ない時で、彼女は俺に対して様々な悪戯を仕掛けた。それは、子供の可愛らしい悪戯ではなく、俺のどうしようもない男の部分を刺激する様な、過激な悪戯であった。彼女としたディープキスなどは、まだ生ぬるいような、そんな、性的で、背徳的な。彼女がどこでそんな行為を覚えてきたのか、初めて彼女に会う俺に分かるはずがない。あるいは、それは俺の願望であって、極めて反社会的な区分に属する性的嗜好を俺が持っているのかもしれなかった。なんにせよ、彼女のオレンジ色に輝く髪が俺の下半身をくすぐるたびに、俺は悶絶し、マシュマロの様に柔らかい指先が俺の体を弄るときに、俺は歓喜の声を上げたのだった。そして彼女はその薄い胸を俺の胸に重ねて、愛を呟くようにして、耳元に舌を這わすのだ。俺はただ、そうして彼女から注がれる理由も分からぬ愛情をただ受け入れるだけでよかった。
「ねぇお兄ちゃん。そろそろ解けたかしら、魔女の呪いは解けたかしら」
「ごめん、まだ、分からないな。やっぱり君が誰なのか分からない。ごめんよ、僕は自分の妹の名前を忘れてしまう駄目な人間なんだ。ごめんよ」
「いいのよお兄ちゃん、分かってるから。本当に忘れたのだったら、こんな事にはなっていないわ。上辺だけの記憶ばかりが人を縛るものではないわ。時に過去というものは、知覚できない場所で人を縛り付けるの。だからお兄ちゃん、貴方は自分で思っているほど、アタシの事を忘れていないのよ」
 そして、彼女についての記憶をたどるように、俺は夜に彼女の元を訪れる夢を見た。いつだって彼女は夕闇にくれた公園の中に居て、白色のワンピースを着てブランコに乗っていた。中学生の僕はきまってその公園に顔を出して、彼女を抱きかかえる、あるいは手を繋いで、家路を急ぐのだった。
 夕闇に包まれて見る夢に対して、夜見る彼女の姿は年相応の物だった。彼女は僕が手を繋ぐと喜び、頭を撫でると笑い、不躾を叱ると目を潤ませた。それは絵に描いたように純粋無垢な少女であり、理想的な妹であった。まるで味噌舐め星人を幼くしたらこんな感じになるのだろうかという、そんな感じの妹。俺と彼女はそうして家に帰ると、一緒にテレビ番組を見て、一緒に食事を食べた。親父が仕事から帰ってくると二人で出迎えて、その後二人で一緒にお風呂に入り、そして二段ベッドの上と下に別れて眠るのだった。
「ねぇお兄ちゃん。お母さんはいつになったら帰ってくるのかしらね?」
「お前が良い子にしていたらすぐに戻ってくるよ」
「ねぇお兄ちゃん。今度増える家族は弟かしらね、妹かしらね?」
「妹だよ。とっても生意気で、とっても意地悪だけど、とっても可愛いね」
「ねぇお兄ちゃん、その新しい妹と、私と、どっちが可愛い?」
「そんなの、決まっているだろう」