「魔法少女風味ミリンちゃんはお兄ちゃんは勝手なことをする」


 車椅子からベッドに上がった俺は、また少女について考えていた。
 俺達の間に共通して存在するのは既視感だった。しかし、その既視感の対象は、俺は少女に対してであったし、ミリンちゃんは病室に対してだった。少女はそこはかとなく、ミリンちゃんに似ていた。それは、俺の中に存在する既視感を説明するのにもってこいの理由だと思う。ミリンちゃんの病室に対する既視感についても、俺の病室と錯覚したのかもしれない。いや、しかし、今になってよくよく考えてみると、あの少女が居た病室の造りは、少し俺の部屋とは違ったような気が、しないでもない。改めて、この部屋を見渡してみると、もう一回りくらいあっちの方が広かったようにも思う。
 なんにせよ、俺たちがそれぞれに抱いた既視感は、それぞれの疑問を氷解させるに至らない物だった。俺とミリンちゃんは諦めのため息を吐くと、その話についてこれ以上考えないという意思を確認し合った。なにもこんな事ばかりに時間を取られている場合ではない。色々と、やらなければならないこと、というよりも、やってもらわなくてはならない事は多いのだから。
 悪いがミリンちゃん、俺の家に行って、小説なんかを持ってきてくれないかい。どうもこう毎日寝てばかりだと退屈で仕方なくってね。分かったのです、任せてくださいなのです。あっ、そういえば、お兄ちゃん、お家についてなんですけど。今のアパート引き払って一軒家を借りてくれたんだろ。親父から既に話は聞いた。ミリンちゃんは少し驚いた顔をして、それから、少しばつの悪そうな顔をしてそうなのですか、と、呟いた。なんだ、なんでそんな風に落ち込むことがあるんだ。俺を思ってしてくれたことなんだろう。そうですけど、お兄ちゃん、やっぱり、怒るかなって、思って。また勝手なことして、って、だから、お父さんかお母さんのせいにしようかと、思ってたのです。お前な、親をなんだと思ってるんだよ。あんなのでも、一応、親なんだから、敬ってやれよ。逆勘当をしているような俺が言う台詞でもないが、あれだけミリンちゃんに関して過保護な両親に対して、ミリンちゃんのその仕打ちはちょっと薄情じゃないかと、流石の俺も思ったのだ。
 怒ってないのですか、と、上目使いでこちらを見るミリンちゃんに、怒ってないよと、俺は返した。可愛い妹が俺の為にしてくれた事じゃないか、そうでなくても、入院してからよくしてもらっているんだ、そんな文句は言えないよ。ただまぁ、ありがとう、とは、言えなかった。なんだかんだで、俺はあのアパートを気に入っていたし、あそこでの生活を楽しんでいたのだ。ミリンちゃんの事を思えば、ありがとうと言ってあげるべきなのかもしれないが、虚飾の言葉で機嫌が直るほど彼女ももう子供ではない。そこら辺を察したのか、それとも、俺が思う以上にまだミリンちゃんは子供だったのか、彼女は顔を上げると、少し控えめに俺に向かって微笑んでみせた。
 それじゃ、本を取りに行ってくるのです。そうだ、お兄ちゃん、病院食が美味しくなくて辟易してるんじゃないのですか。一緒にお弁当でも買ってくるのです。なにがいいですか。じゃぁ、かつ丼とかかな、と俺が答えると、もう、かつ丼はお弁当じゃないのです、と、ミリンちゃんは可憐に笑った。