「魔法少女風味ミリンちゃんは世話焼きだ」


 能美健太さん、芸能界で生きていくのは大変でしょうけど、是非頑張って名を上げてくださいなのです。そうなのです、ここで出会ったのも何かの縁なのです、私の名刺をお渡ししておきますね。そう言って、ミリンちゃんは手提げの鞄の中からメタルピンクの名刺ケースを取り出した。おい、よせ、止めておけって。そんなことされたら、今までの会話が全て水の泡だ。ミリンちゃんの愚挙を止めようと俺は声をあげたが、時既に遅く、彼女は目の前の重度のアイドルオタクかそれともロリコン野郎に名刺を手渡していた。
 へぇ、中学生なのに名刺なんて持ってるの。そう言えば昔流行ったんだよね名刺作る機会。今も中学生の間じゃ流行ってるのかな。なになに、大園観鈴ちゃん。あれ、御園観鈴じゃなかったっけ。ていうか、大園観鈴って、たしかアイドルやってる。魔法少女風味ミリンちゃんの中の人だったような。あれ、このマーク、どっかで見た様な。えっと、確か、最近会食させて貰った会社の社長の名刺にも、このマーク。って、え、えっ、えぇっ!?
 魔法少女風味ミリンちゃん、お兄ちゃんの看病のため、病院に参上Chuなのです。腰を捻って軽く足は爪先立ち、左手を頭に添えて、右手を唇にあてると投げキッス。魔法少女風味ミリンちゃんの営業ポーズが、しがない県立病院の病室で、たった一人のファンとたった一人の兄のために特別に披露された。これがもし身内でちんちくりんなミリンちゃんでなかったなら、俺の気力も怪我もたちまちのうちに回復してしまったかもしれない。長年に渡り冷戦を繰り広げてきて、ミリンちゃんの芸風というか仕事を冷ややかな目で見てきた俺にとって、彼女の決めポーズは別段嬉しいものでもなんでもなかった。が、純粋なファンの能美健太さんには、刺激が強かったらしい。その毛の一本も見えない鼻の穴から一筋、赤い線が唇に向かって落ちた。
 魔法少女風味ミリンちゃん!? えっ、ど、ど、どういうことですか。先輩、なんでこんな所にミリンちゃんが居るんすか。生ミリンちゃんが居るんすか。どうなってるの、ねぇ、これ、どうなってるの。だからミリンちゃんが言っただろう、お兄ちゃんの看病の為に参上って。お兄ちゃんって誰のことっすか、どこにも居ないじゃないすか、お兄ちゃんなんて。ここに居るだろうが、お兄ちゃんが。これでもかと瞳を見開いてB太が俺を見つめる。信じられないと、色々な物を拒絶しているような目だった。しかたないので、俺は携帯電話を取り出すと、ミリンちゃんの写真入のアドレスを見せた。
 えっ、なんで先輩がミリンちゃんの携帯の番号知ってるんすか。都路社長が知ってるのはともかくとして、なんで先輩がミリンちゃんの。だからさっきから言ってるだろう、俺はミリンちゃんのお兄ちゃんなんだって。兄妹なら電話番号知ってても何もおかしいことはないだろう。嘘だ、と、小さく呟いてB太はうずくまる。そんなショックなことかねぇと、隣のミリンちゃんに目を向ければ、とても楽しそうに彼女は微笑んでいる。まったく、意地の悪い娘だ。まぁ彼女なりに芸能界の先輩として、何か困ったときにはB太の世話をしてやろうと、そういう気持ちから言ったことなのだろうが。
 どうしたものかねと、B太の背中を見ながら俺はため息をついた。