「B太の下心」


 まずい、なんてことだろうか。よりにもよって、最も合わせちゃいけない二人が出会ってしまった。身内の俺がこんなことを言うのもなんだが、芸能界でそんなに知られていない、どマイナーアイドル魔法少女風味ミリンちゃんを、なぜか過剰にB太はリスペクトしている。それはもう、都路社長に芸能人の誰と話がしたいといわれて、即答でミリンちゃんと答えるくらいに。ロリコンなのか、はたまた純粋にミリンちゃんのファンなのか、どうにも俺には人を見る目がないので判別できないが、とにかく、彼とミリンちゃんを引き合わせてしまえば、どうなるか分かったものではなく、今日の今日まで俺はこいつにだけには、妹がアイドルをやっているというのを知らせまい、ましてそれが魔法少女ミリンちゃんだとは、と、ひた隠してきたのだ。
 それが、何の拍子か。因果なものだねと、俺は頭を抱えた。
 お兄ちゃん、お友達とお話中でしたか。はじめましてなのです、御園観鈴なのです。お兄ちゃんのかわいい妹をさせてもらってるのです。ようし、良いぞ、ミリンちゃん。そこで、魔法少女風味ミリンちゃんをやらせてもらってるのです、なんて言ったらどうしようかと思ったが、そこは先輩芸能人、プライベートと仕事はきっちり分けてくれた。とにかくこれで一安心、俺の妹と紹介されては、ちょっと似ているけれども別人かな、くらいに思ってくれるだろう。それで一目惚れでもして妹を口説くようなら、そいつは真性のロリコン野郎という奴だ。そうなれば、今の今まで大切に築いてきた、先輩後輩という信頼関係も、一度考え直さなくてはならないかもしれない。
 どうもはじめまして。俺、先輩と一緒のコンビニでバイトしてた能美健太と言います。いや、先輩の妹さんですか。随分と若いんですね。えっと、失礼ですけど、今、大学生ですか。いえ、私は中学生なのです。中学生なんですか、へぇ、すると先輩とは一回りくらい年齢が離れているんですね。直接年齢を聞くよりは、まぁ、そうやって学業区分でぼやかして聞いたほうが答えやすいとは思う。しかし、大学生ってことはないだろう。どこをどう見たらこのちんちくりんが、大学生に見えるというのだ。加えて、腹立たしいのがミリンちゃんが言われてまんざらでもないという顔をしている事だ。そんなに大人っぽく見えるかしらと、ありもしない胸を張っているのが滑稽極まりない。B太め、こうやって、人をおだてるのは無駄に上手いのだから。
 あれ、そう言えば、能美健太、って。最近、テレビとかで、よく名前を見かけますけれど、あの、能美健太、なのですか。何かに気づいたようにミリンちゃんが目を見開く。そして、俺に目配せをしてみせた。いつぞやの晩に都路社長経由で話したのは、もしかしてこの人なのです。と、可愛らしい妹の瞳は告げていた。しかしその答えを口にすると、せっかくB太に素性を知られずに済んだのが、全て台無しになりそうで、俺は口を噤んだ。そうですよ、その能美健太です。これからCDにライブと、ばんばん活動する予定なので、応援よろしくお願いしますね。そう言って、さりげなくB太はミリンちゃんに手を差し出す。B太の一挙手一投足が下心によるものに思えて俺にはならなかったが、ミリンちゃんにしては珍しく素直にそれを握り返した。