「魔法少女風味ミリンちゃんのお兄ちゃんは父親が嫌い」


 誰だ。扉の向こうに居るのは。そして、何故、入って来ないんだ。
 ノックの音が止み、扉の揺れも止まり、俺は静かに息を飲んだ。朝日を部屋の中へと引き込んで、ゆっくりと病室の扉が開く。背の高い男の影が、扉から俺のベットへと伸びてきた。薄い頭皮がただでさえ眩い朝の太陽光を反射して目に痛い。黒いスーツを着ていても、その頭のおかげで全て台無し。
 久しぶりだなと、そいつは俺に言った、ように思った。奴の声が小さかったわけでも、その時何かハプニングが起こった分けでもない、故意に、俺は奴の言葉を聞かなかった事にした、無視した、黙殺した。なぜか、何て今更過ぎる。そいつは、俺にそんな風に接されても仕方ない事をしてきた奴だからだ。やれやれ、いったい誰が余計な事をしてくれたんだろうね。こんな奴と顔を突き合わしたら、余計に、俺の傷の治りが悪くなるだけだってのに。
 まるで俺を見下すような視線、そして、実際に見下すように、そいつは俺が眠るベットの前に立った。どけよ、新聞を読むのに暗くなるだろう。睨みを聞かせて俺は彼に言ったが、意に介さないという感じに目の前のでくの坊は視線を泳がせる。今は、食事中のようだが。しかし、フリーターの癖に個室なんて贅沢なものを使っているのか、金は、貯金は、大丈夫なのか。男は素っ気なくそう言うと、俺の足元で眠る味噌舐め星人の頭を優しく撫でた。
 相変わらず、娘には優しいことで。金の前に体の心配をしたらどうなんだよ、えぇ、親父。愛おしげに娘の頭を撫でる親父に、俺は嫌気と毒気を最大限に混ぜ込んだ言葉を放った。それでも鉄面皮、お前に会いに来たのではないとでも言いたげに、親父は長女を優しくいたわり、そして、自分の来ていたスーツをその肩にかけた。そいつは別に怪我も病気も何もしてないだろうに、こんな時にも妹優先ですか、はっ、名士様が男女差別とは嘆かわしい。
 ミリンちゃんから、連絡を受けた。災難だったな。心配したぞ。そういう言葉はな、息子が長い昏睡状態から目覚めた時に言ってやるもんだぜ。今も確かに目覚めた所には違いないが、遅い、遅すぎる。それでよく、そんな偉そうな顔した父親面して現れることができたもんだと、ある意味感心だよ。仕方がないだろう、私も、母さんも仕事だったのだから。へぇ、それはそれは、便利な言葉だねぇ仕事って奴は。子供じゃねえよ、分かってるさそのくらい、それにしたってもうちょっと、やるべき事ってのがあるだろうがよ。だからこうして、父親として顔を出したのではないか。やれやれ、なにが父親としてだよ、今まで一つだって俺にそんなことをしてくれたことのない癖にさ。こいつと話をしていると、ミリンちゃん以上に頭が痛くなってくる。流石はミリンちゃんの父親だけはある。ミリンちゃんとのやりとりで、俺は何度となく親の顔を見てみたいと思ったけれど、こちらの想像通りの奴で、いっそ清々しいくらいだよ、なんて。実の親に対して、それは冗談だが。
 で、何しに来たんだよ。わざわざ会いにくるなんてよっぽどの事だろう。あれかい、ついに勘当する覚悟でもできたかい。こっちはとうの昔に、死んだ物と考えてもらって結構だと覚悟していたんだがね。今更、事件に巻き込まれて心配だから来たなんて、そんな言葉、信じられる訳がない。