「魔法少女風味ミリンちゃんのお兄ちゃんは家族が嫌い」


 どうなっているんだ。そう言えば、俺はあの後、紅色をした少女と会ってからいったいどうなったんだ。気づいたらベッドの上で、日が暮れていて、新聞を読んで、テレビを見て、そして今、冷めたご飯を前にして、そう言えばそんなこともあったっけと自分の足を眺めている。なんとも暢気な事じゃないか、自分の体の事だというのに。少しくらいは心配したらどうなんだ。
 帰りが遅いと様子を見にきた妹さんが見つけて、すぐ治療したから良かったものの、あのままあんな人気の無い所で倒れていたら、どうなっていたかわからなかったのよ。妹さん、とても心配してらっしゃったわ。君ね、何があったか知らないけど、家族を悲しませない為にも、自分の体は大切にしなさいよ。そうですね、と、俺は看護婦に答えた。ただの相槌。本心からの言葉ではない。俺がこんな目に会って心配する家族なんて、二人の妹くらいしかいないのだから、そんな事思える訳がない。自分の事をそれなりに心配してくれる友人も、今は、いつ覚めるとも分からない深い眠りの中なのだ。捨て鉢になるつもりもないが、その言葉に行いを悔い改めるほどの事もない。
 おざなりな返事が気に入らなかったのか、少し看護婦さんは機嫌を悪くしたようだった。貴方、案外嫌な人なのね。妹さん達がとても心配しているから、どれだけ良いお兄ちゃんなのかと思っていたけれど。大きなお世話だ。なんで俺が見ず知らずの看護婦に説教なんてされなくちゃならないんだ。確かに妹たちを心配させたことは悪く思っている。けれど、悪いが俺が死んで悲しむような家族は彼女達くらいでね。別に、家族を悲しませないようになんて発想は俺にはできないんだよ。なんて事を感情に任せて言えば、嫌な空気になるのは目に見えて分かっていたので、俺は無言で通した。看護婦は諦めたのか、ふぅと少し深いため息を吐く。まぁ、君の年頃じゃ、仕方ないわね。けどね、きっといつか後悔する日が来るわよ。きっと、来るわ。
 それはアンタが今まで生きてきた経験から言っているのかね。随分と家族を大切にして来なかったんだろうね。分かったよ、分かった、分かったから勘弁してくれと、俺は蚊を払うように顔の前で手を振った。彼女は憮然とした表情で扉を開けると、病院だというのに勢いよく閉めて外に出て行った。
 まったく勘弁していただきたいよ。自分がそうだったからと言って、他人がそうなるだなんて勝手に決めつけないで欲しい。それはまぁ、もしかしたら万に一つくらいは、俺も先ほどの看護婦が言ったように、両親を大切にしなかった事を後悔する日が来るのかもしれない。しかし、今の俺には、そうやって子供が後悔する様な事しかしてこなかった、両親が悪いのだとしか思えないのだ。だから、しかたないじゃないか。俺は、ミリンちゃんの言葉に踊らされて、俺を半ば強制的に家から追い出した両親の事がそれくらい嫌いだったし、顔を思い出せば吐き気を催すほどに憎悪していたのだ。
 もし、彼らが俺の身を案じてこの病院にやってきたとしても、俺は無視をする自信があるね。そう思って、俺が不味そうなごはんに茶色い箸を伸ばしたとき。ふと、扉が小さく揺れて鳴った。ノックの音だった。先ほどの看護婦だろうか、いや、彼女だったらノックなどせずいきなり入ってくる筈だ。