「惨劇ー5」


 いやっ、いやぁっ、何してるんですか、お兄さんに、何するんですか。止めてください、止めてください、そんな物を向けないでください、お兄さんにそんな危ないものを向けないでください。危ないです、そんなの向けては危ないです。それを打ったら、お兄さんがしんでしまいます。お願いです。
 俺が、あぁ、と男に返事をしようと思ったその時、弁当コーナーの奥から顔を出した味噌舐め星人が、男を睨んで叫んだ。銃の恐怖に彼女の目には涙が溢れ、肩は小刻みに震えていた。馬鹿野郎、お前の様な弱虫が、何を言っているんだ。黙って隠れていろ。お前なんかにどうこうできるような、そんな相手じゃないんだぞ。思うばかりで言葉は出なかった。それくらいに、俺は彼女の突然の乱入に戸惑ったのだ。いや、正確には、目の前で俺に銃口を向けている男の視線が、味噌舐め星人に移ったのに動揺したのだった。
 誰。お前。この男の、なんなの。お兄さん、って、妹。ふぅん、兄妹で、一緒に働いてるの。それは、なんとも仲がいい事だね。初めて、男は俺たちに笑顔を見せた。それは、耐えがたい死の予感を匂わせる邪悪な物で、俺はもちろん、その時コンビニに居た誰もが、静かに肩を振るわせた。ねぇ、君は死ぬのは怖くないの。君のお兄さんは、散々文句を言っておいて、やっぱり死ぬのが怖いみたいだけど、君は、違うのかな。止めろよ、そいつを、巻き込んでくれるな。これは、俺と、お前の話の筈だろう。もはや完全に興味の対象を、俺から味噌舐め星人に移した彼は、銃口を少し横にずらすと、よせ、やめろ、撃つなと、俺が叫ぶよりも早く、銃の引き金を引いた。
 お弁当コーナーの牛丼が弾け飛んだ。舞い散る牛丼の玉ねぎの中、味噌舐め星人は、銃の威力に目を丸くして立ちつくしている。幸いな事に男が放った一発目はただの威嚇射撃だった。しかし、男は確実に味噌舐め星人に近づいていた。おびえて動けなくなった味噌舐め星人に、サンドイッチコーナーを背中にして、恐怖に首を振って来ないでと懇願する味噌舐め星人に、男は酷く愉快な顔で近づいて行った。まずい、このまま、この男を、味噌舐め星人に近づけさせてはいけない。助けなくては、でも、いったいどうやって。
 力ない俺には、男を組み伏せるだけの力も無ければ、咄嗟に店の中にあるものを凶器に変えて男に挑みかかる機転も持ち合わせていない。あるのは、味噌舐め星人を助けなければと焦る心と、死の恐怖に取り憑かれた脆弱な思考回路だけ。とても勝てる見込みはない。しかし、もし俺がここで味噌舐め星人の為に行動しなかったとしたら、彼女を待っているのは死だけだ。
 やめろよ、こいつは関係ないだろう。お前の相手はおの俺だよ。不意打ち上等、俺はさもタイマンを求めるような台詞を言いながら、男の背中に殴りかかった。命がかかっているこの場面で、卑怯だとか男らしくないだとか、そんな事はどうでもいい。今はただ生きる確立の高い行動を考えるだけだ。
 俺の卑怯極まりない不意打ち後、頭部殴りは見事に男の後頭部へクリーンヒットする。思った以上に柔らかい男の頭。はじめて人を殴る俺には、はたしてそのパンチを受けて、人がどうなるのか、想像できなかった。もし、死んでしまったらどうしようか、と、そんな不安が、一応頭の中を過る。