「味噌舐め星人の決断」


 じゃぁ、私もバイトします、バイトしてお小遣い自分で稼ぎます。それならお兄さん文句ないんですよね。私が何買っても問題ないんですよね。お味噌をお腹一杯食べても文句言わないんですね。そりゃ、まぁ、自分の金で稼いだ金で何を買おうが、こっちは知ったこっちゃないが。お前、それ、本気で言っているのか。欲しい物があるのならバイトしろと言った手前であったが、味噌舐め星人がまさか本当にその気になるとは思いもよらず、俺はたいそう驚いた。それこそ、彼女の頭にぶつけていた牛乳パックの入っていた袋を、落とすくらいに。牛乳パックが凹んで音を立てる。幸いな事に、容器が破れることはなかったが、角はすっかりと歪な形に凹んでしまっていた。
 まぁ、やりたいなら、やれば良いさ。けど、いったいどこで働くつもりなんだ。なかなか、お前みたいに抜けている奴を雇ってくれるバイト先なんてないと思うがね。なにかアテでもあるのなら、話は別だけれど。アテならあります。大丈夫です、と、意気込む味噌舐め星人。ふと、彼女は何を思ったか俺のポケットに手を突っ込んできた。何をするんだと俺が身を引くよりも早く、チューブ味噌を即座に奪ったお得意の素早い動作で、俺のポケットから携帯電話を抜き取ると、彼女はそれを手早く操作して、電話をかけた。お前、どこで携帯の使い方なんて覚えたんだよ。携帯電話を持っていないはずなのに。みーちゃんのケータイを使わせて貰ったのです。ゲームとかおメールとか簡単な事ならできます。耳に携帯電話を当てながら彼女は言った。
 あっ、もしもし、もしもし、いつもお世話になっています、お兄さんの妹です。どうもどうも、お兄さん、最近遅いけど、今日はちゃんと遊びに連れてってくれて、私は満足です。ただただ、もうちょっと、毎日早く帰してくれると、お兄さんと一緒にお食事できて助かりますです。お兄さんがお料理作ってくれないと、私は料理へたぴーなので、困ります。あっ、あっ、それで、今日お電話させてもらったのは、実は相談なんですけれど。バイトさんの募集ってしてますか。あのあのあのあの、実はですねお兄さんが酷くてケチンボなので、私お小遣いがないんです。それでそれで、お兄さんが、お味噌食べたいならバイトしろって言うから、働きなさいっていうから、バイトさんやろうかなって思ってるんです。それで、もし応募してるなら、お兄さんもいるし、そこでバイトさせて貰えないかなぁ、と、思って、ひゃぁっ。
 なんとなく、彼女が誰に電話をかけているのか分かってしまった俺は、急いで電話を取り上げた。馬鹿な、ただでさえこの忙しい時期に、こいつの世話まで見てられるわけがないのだ。ふざけてくれるなよと、俺は急いで通話を切ろうとした。しかし、まことに遺憾な事に受話器の向こうの大いなる童貞が、よほど女の子から電話がかかってきたのが嬉しかったのか、大声で返事をしてくれたおかげで、俺の行動はすべて水泡にきすことになった。
 うん、良いよ良いよー、クリスマスとか大晦日前で、今働いてるバイトさんも忙しくってね、誰か助っ人に欲しかったんだ。君なら、お兄さんの妹さんだし、しっかりしてるだろうから、大丈夫でしょう。是非頼むよー。
 緊張感の微塵もないその声は、俺の仕事先の役立たず店長さんだった。