「味噌舐め星人の購読」


 あらゐけいいちの新刊が出ていないことを確認した俺は、新刊コーナーに置かれている漫画を手当たり次第手に取って、面白そうな漫画がないか探した。できれば、流行とは少し距離を置いた画風の物の方が良い。小説でもなんでもそうだが、俺は社会の流行という奴に、上手く乗っている作品が嫌いだった。なにかの小説で読んだ、お洒落は虚しい物なのよという感覚に近いものを、俺はそうい作品を読む度に感じてしまうのだ。もちろん、その作品自身に罪は無く、その多くが作者が心血を注いで練り上げた作品であるということは疑う予知もないのだが、それでも、どうにもその認識をねじ曲げることはできなかった。それはそう、言うなれば俺にとってクラスの人気者の様な物で、皆から好かれる八方美人なんて、好かれようと努力する者なんて俺には好きになれなかった。それよりは、他者を無視して自分を貫いている人間の方が、俺は好きだ。なんて、結局の所は絵柄の好みだとか、話の好みの問題なんだけれども。つまり、全て俺の捻くれた思考に問題があるのだ。まぁ、そんな事を言いつつ、ワンピースもナルトも読んでいるのだけれど。
 結局、俺の心を上手く惹きつけた漫画はなく、小説コーナーに移動しようとしたその時、味噌舐め星人が手に漫画を持って、その表紙を凝視しているのに気がついた。何を見ているんだと声をかけると、お兄さん、これ、これを買ってください、とても私はこの本が気になりますと、手に持っている漫画を押し付けた。タイトルは、荒川ザンダーザブリッジ。少女漫画とも少年漫画とも、どうにも判別のつけ難い絵柄。帯には来春アニメ化決定と書いてある。よく見れば、スクエア・エニックスのコーナーの台に既刊分が平積みになっている。そこそこに人気のある漫画なのだろう。しかし、いったいこれの何処がそんなに気になるのだろう。別に普通の漫画みたいだけれども。
 まぁ、特に買いたい漫画もないし、どうしてもって言うなら買ってやってもいいけれど。そんかし、ちゃんとこれから料理の勉強してくれよ。しますします、頑張ってお料理お勉強して美味しいお料理つくります。買ってやらんでもないという態度をみせるや、露骨に目を輝かせて声の大きくなる、そんな彼女の素直さがなんとも可愛らしくもあり、なんとも憎らしくもある。じゃぁ、約束だからなと、味噌舐め星人から漫画を預かる。すると、すぐに彼女は台の上から荷物を取って、またしてもそれを俺に突き出した。何の真似だよ、まさか、二巻も買えって事なのか。正直な所、俺は一巻だけしか買うつもりはなかったのだが、彼女は違ったらしい。買ってくれるって、言いましたよね、と、目を潤わせて言う彼女もまた、憎らしくもあり、可愛らしくもある。やれやれ、女の涙と約束には敵わないねと、俺は二巻を受け取ると、彼女と共に腕の中に漫画のタワーを作った。それにしたってこの漫画、巻毎にまるっきり表紙の絵柄が違うけども、いったいどういう漫画なんだ。
 タワーを抱えたまま小説コーナーをうろつくこともできず、俺は村上春樹の『1Q84』の一巻と二巻、鈴木輝一郎の『信長と信忠』を手に取ってレジへと向かった。途中、サ行の文庫コーナーを通りかかった際、佐東匡の小説がないか探してみたが、やはり不人気小説家の作品は売られてなかった。