「徳利さんは、よく働く居酒屋スタッフだ」


 まぁ、クリスマス当日は頑張りましょう。見知らぬ誰かのロマンチックな夜の為に縁の下の力持ちというのも悪くないよ。去年は、なんでバイトはこの時期休みたがるんだ、バイトのくせにと腐っていた、男の言葉とはとても思えない。恋という奴はこれほどまでに男を大きくするのか。ここで彼のスイートハニーに、貴方がそれを言うかしらと突っ込んでもらえたなら、どれほど場の空気が和んだだろうか。しかしながら、ここぞというこの場面で、醤油呑み星人はさもその通りだという風に、彼の言葉に頷いているばかり。やれやれ、この面子で今年のクリスマスを乗り越えなければならないと思うと気が滅入る。店長以外はそこそこ仕事ができるから、無事に乗り越えられるとは思うけれど、なんだかとても気疲れしそうな一日になりそうだ。
 それじゃぁ、クリスマス週間に向けて英気を蓄えるべく、僕はそろそろ帰ることにするよ。君たちも明日は一日ゆっくり休んでおいてね、クリスマスが終わったら、次は大晦日に元旦だ。たぶん休みなしで毎日出勤ってことになるだろうからね。一月の二週目まで僕達に新年は来ないと思っておいて。はい、と、B太と醤油呑み星人が返事をする、へいへいと、俺が流すように言った。んなことは、お前に言われなくても分かっているよ。なんだよ素の態度は、僕は店長だぞという感じに、不満の色を瞳に讃えて店長が睨みつけてきたが。いつものことなので気にしない。そんなことより早く帰れよ、あんたも暇じゃないんだろうと言ってやると、店長はふと醤油呑み星人の顔を見てなにかに気づいたようにそそくさと店を出ていた。頼むよ、ほんと、きみだけが頼りなんだから。去り際の捨て台詞に手を振って俺は応えた。
 それじゃぁ、私も用事があるからそろそろ抜けようかしら。店長が帰ってから数分と待たず、挨拶もそこそこに醤油呑み星人がテーブルから去った。これからあの二人がどうするのか、詳しいことは聞いていないので知らないが、クリスマスに向けて二人で英気を養うのかと思うと、なんだか釈然としない思いで頭がいっぱいになった。B太、今日はとことん飲むぞ。うっす、先輩。忙しそうに料理を作る板前さんに生ビールとマグロの刺身を注文すると、俺は目の前のジョッキに残っていた黄金色のアルコールを飲み干した。
 はい、お待ちどうさまです。生ビール二杯と、マグロの刺身ですね。左手にジョッキを二つ。右手に刺身の盛り合わせを持ち、徳利さんが俺達のテーブルに現れた。彼女の仕事ぶりもだいぶ板についてきた。そして、板前さんの料理もだいぶ板についてきた。今日のマグロは、スーパーの出来合いじゃないんだよなと俺が尋ねると、今日のはですね、一応スーパーのマグロですけれど、ブロックで買ってきて、それを昌夫さんが切って出してます、と、彼女は朗らかな笑顔で言った。まぁ、未だに素材がスーパーなのは、こんな場末の居酒屋だから、仕方ないかもしれない。それでも、ちゃんと調理して料理を出すようになったのだから、随分と料理人としての矜持を取り戻したものだ。昌夫さん、今度くるときはもうちょっと活きの良いのをお願いするよ。板さんは照れを隠すように俯くと、利枝ちゃん、カウンターのお皿下げてくれと、徳利さんに優しい声色で言った。どうやらこちらも順調らしい。