「ビネガーちゃんは曲がりなりにも一応アイドルだ」


 ビネガーちゃんの説明はこの寒空の下で程よく電波を受信したおかげか、多少なりともまともな俺には到底理解不能だった。しかしまぁ、彼女が夢の中での出来事を把握していないことは辛うじて分かったので、俺は訥々と彼女に昨晩俺が見た夢の内容を語った。彼女は、いつになく真剣な表情で俺の話に耳を傾けていた。そうして聞き終わると腕を抱えて、顔をしかめて少し考える素振りを見せた。おいおい、アンタにしては真面目な表情だなと俺が言うと、いやいやアタシはいつだって真面目っすよと、彼女はおどけた調子で微笑んで見せた。どうでも良いが、こんな無茶苦茶な奴でもやはりそこは腐ってもアイドルだ、笑えば胸が高鳴るのは、男なら仕方ないことだろう。
 そうっすか、なるほどねぇ、アタシが感じた薄ら寒い奴は、お兄さんではなくてお兄さんの知り合いでしたか。てっきり、ミリンちゃん先輩からお兄さんと仲悪いってのは聞かされてたんで、そこら辺の恨みつらみが先輩に悪さしてるのかと思ってたんすけど、アタシの早とちりだったっすね。いやはや勝手に人の夢の中に入り込んだりして申し訳ないっす。それにしても、塩吹きババアっすか。酷いネーミングっすね、気でも狂ってるとしか思えない名前ですよ。お兄さん、やっぱりエロ漫画の見すぎっすよ、もっとこう、アダルトなビデオ的なものを見やしょうよ。二次元より三次元っすよ。夢の中でも同じようなことをアンタに言われたよと、俺は隣で無駄に暑苦しく語るビネガーちゃんに言った。というか、エロ漫画の見すぎって、まるで見たことあるような言い草だけど、もしかしてあるの。まぁ、これでも生きるために色々なしてるっすからねぇ。金に困ってエロ漫画家の前で脱いだことなど二・三回って、まぁ、そんな感じっすよ。流石におっぴろげてここかここが見たいんかーってやったら、ドン引きして下の筆は萎えてましたけどね。嬉しそうに営業スマイルまでして言うことだろうか。屈託なくとんでもない事を言うビネガーちゃんを、俺は五月蝿く感じるとともに、どこかまぶしくも感じていた。敵わないね、敵いたいとも思わないが、彼女には敵わない。
 よっしゃ了解分かったっすよ。とりあえず、ミリンちゃん先輩にちょっかいをかける気がないのが分かっただけでも、こっちとしては上等っす。お兄さんは取り憑かれてるみたいっすけど、そりゃまぁ我慢してやってくださいな。なぁに、悪霊の一人二人に狙われた所で、死にやしませんよ。なんせ相手は体がないんだから。おいおい、酷い言い草だな、乗りかかった船だそこは快く助けてくれたって良いじゃないか。非難を込めた視線を軽く避けて、ビネガーちゃんはそっぽを向いた。お兄さん、世の中を甘く見ちゃダメっすよ。人を動かそうと思ったらね、それなりに頼み方って奴があるんですよ。なんだよそれ、土下座しろって言うのか、勘弁してくれよ、焼き土下座じゃないけれど、こんな寒い場所で、しかもこんな冷たい鉄筋製の階段なんかで土下座なんかしたら、凍傷になるっての。おぉ、お兄さんカイジとか読みはりますん。ええですなぁ、福本漫画、最強伝説黒沢は読みやした。嬉しそうに顔をほころばせて尋ねるビネガーちゃんを、読んでないよと、俺は軽くいなした。福本漫画は、カイジをB太に無理に貸し付けられて読んだだけだ。