「味噌舐め星人の呑気」


 まるで、葬式に連れてこられた子供のようだ、俺の同僚と頑なに話すことを拒みつづけるミリンちゃんを見て、なんとなく俺はそんな印象を抱いた。彼女は醤油呑み星人からの辛辣な野次も、猫なで声の気持ち悪い店長の言葉も受け付けず、我関せず、まるで風にそよぐ柳のように、涼しげな顔で濡れたグラスに入っている水を延々と飲みつづけた。できた大人ならば、子供のそんな不遜な態度も軽く流すのだろう。しかし、そんな風にできてる人間なら、二人ともコンビニなんかで時間を金に買えるような仕事をしていない。
 アンタの妹って、アンタに増して憎々しいわね、どういう風に育てたらこんな風になるんだか。まとめて本にでもしたらそこそこ売れるんじゃないかしら。実録、だんまり娘の作り方ってね。そうだなぁ、まぁ、少なからず居るミリンちゃんのファン、B太みたいなのには売れるかもしれないな。大人気など微塵もなく怒り狂う醤油呑み星人。一方で、店長はといえば、無視されたことに余程傷ついていたのか、ストローの袋にに水を垂らしては、寂しい目でそれを眺めていた。水を受けて微かに動くストローの袋、それを興味津々に覗き込む味噌舐め星人と共に、この男の精神年齢は一体何歳なのだろうか。まったく、この程度のことで腹を立てるなよ、大人げない。
 結局ミリンちゃんは、醤油呑み星人や店長と一言も喋らぬまま、運ばれてきた目玉焼きハンバーグを食べ、途中で味噌舐め星人の味噌煮込みうどんと交換し、食事を終えた。味噌カツを分けてやろうかと俺はミリンちゃんに申し出たが、彼女は俺と話すのも嫌なのか、静かに首を振って拒否した。病み上がりの体には、味噌カツは確かにきついかもしれないなと思った俺は、それでおとなしく引き下がった。が、納得しない者が一人。醤油呑み星人だ。そういう断り方はないんじゃないの、私らはともかくとして、こいつはお兄さんなんだから、少しくらい話したらどうなのよ。俺への態度を口実に、文句を言いたいという感じではない、単純に、兄を敬わないミリンちゃんが癪に障ったのだろう。正義感の塊というか、無駄に妙な所で熱い女である。
 それでも、ミリンちゃんは喋らなかった。ちょっと戸惑ったような表情を一瞬だけしたが、意に介さない感じに目を伏せると、またコップの水を飲んだ。あぁもう、食事がまずくなるったらありゃしないわ。そう思うならそんな風に喚めきたてるなよ。どうにもクールな彼女らしくない、どうしたんだろうか。大人げないだろう、そのへんにしといてやってくれよ。と、俺が声をかける前に、ままっ、落ち着いてよと店長が醤油呑み星人を宥める。でもと言いかけ、そこで冷静さを取り戻したのか醤油呑み星人は言葉を濁した。
 肩を怒らせて、ウェイトレスが運んできた高そうな御膳に箸をつける醤油呑み星人を横目に、俺たちは残りの料理を放り込んだ。そして、俺が食い終わると同時に、ミリンちゃんは目でもう出ましょうよという合図を送って来たのだった。まぁ待て、味噌舐め星人がまだ食べている。横を向けば、味噌舐め星人は、まだ幸せそうな顔でうどんをすすっている最中だった。俺がくれてやった味噌カツも、ご飯の蓋の上に手つかずで置いてある。隣では胃の痛くなるやりとりが繰り広げられているというのに、なんとも暢気な奴だ。