「陽気な女は訳の分からぬ口調で道を尋ねる」


 隣に座ったおっかない女は、起き出すとキョロキョロと辺りを見回した。そして、一昔前のアニメのキャラクターがプリントされた、パステル色の多いカバンから、赤いラメの効いた携帯電話を取り出すと、小凄い勢いでボタンを押し始めた。メールをしているのだろう。栗色の髪の毛といい、派手なカバンといい、どうにも都会の女の子といった感じだ。案の定、携帯電話のストラップは不必要とも思えるアクセサリーで、どちらが本体なのか分からない状況になっていた。バッグのアニメのキャラクターに、最近流行りの某携帯会社のマスコットの犬、サングラスも目を引いたが、何よりも俺の目を引いたのは魔法少女風味ミリンちゃんの人形だった。そんなのつけるなよ。
 むぅ、どうも東京と違って地方の電車はわからねえでやんす。だいたい、急行にタダで乗れるってのが意味不明っすよ。まぁ、国電よりは乗り心地いいでやすが。まったく、世話のかかる先輩っす、休むなら休むって言えばいいでやんすに、どれだけ周りに迷惑かけてるのか分かってるんすかねぇ。こりゃもう、とっつかまえたら問答無用でワシャワシャのモミモミのコチョコチョの刑っすよ。うへへっ、ツンとすました先輩の泣き笑う顔と、ふにふにの柔こい体を想像すれば、ご飯の三杯や四杯は軽く平らげられるっすよ。
 そう言って、隣の彼女は気味の悪い笑い声をだだ漏れに漏らして、邪悪な顔をしてみせた。どうにも危ない女らしい、関わり合いになるのはよそう。ちょうど電車が次の駅に止まる所だったので、俺は席を立ち上がると扉の前へと向かった。先ほど、俺と先ほどまで隣に座っていた女を笑った女子校生達を背にする形となったが、流石に彼女達ももう俺を笑いはしなかった。
 なるほど、ここで降りるのはわかったでやすか、はてさて、次はどの電車に乗れば良いのやら。電車を降り、ホームの時刻表で乗り継ぎの電車を確認している所に、嫌なアニメ声が聞こえてきた。やれやれ、なんでこんな事になるのだろうか。貧乏神にでもとり憑かれているんじゃないか。しかも、更になんとも間の悪いことに、ホームには俺と彼女の二人だけ。昨今のゆとり仕様なRPGでも、こんな露骨な会話誘導はないんじゃななかろうか。
 ちょっとすいやせんね、お兄さん。この路線図のこの駅まで行きたいんでやんすが、どの電車に乗れば良いんすかね。どうにも都会と勝手が違って分からんのですわ。すいませんと言っておいて、ずけずけと話しかけてくるなよ、ごめんなさいもどうぞもまだ俺は言ってないというのに。女の妙な厚かましさに辟易しながら、俺は、はいどこですかと彼女の指先を見た。なんとまぁ、最悪な事にその駅の近くには俺のアパートがあるではないか。まったくもって、今日というは厄日らしい。俺と同じ電車に乗ればつきますよ、ついてきてくださいと、俺は自分でも驚くほど紳士的な口調で彼女に言った。
 いやぁ、親切な人が居て助かりやしたよ。都会じゃこうも行きませんからね、隣に住んでても他人扱いですよ、いやいやなんとも世知辛いっすね。彼女は俺がどんなに適当でダルそうな返事をしても、喋るのを止めなかった。B太と引き合わせたら面白い事になりそうだ。電車よ早く駅についてくれ、頼むから。今日ほど切に家に帰りたいと思った日は、そうないだろう。