「酢堂は俺を目の敵にしてくる雅さんのストーカーだ」


 これら一連のやりとりで分かったことは一つ、目の前の酢堂君がどうやら俺を目の敵と恋敵に指定しているということ、こいつが血眼になって雅さんこと砂糖女史の居場所を探しているということ、ただそれだけだった。まったく興味のない人物との話し合いというのは、自分語りにも劣る時間の消費だと言うのを嫌というほど俺は思い知らされた。今渡こそ俺はソファーを立つと、酢堂に背中を向けて部屋の出口へと向かう。待て、話はまだ終わっていないと、俺の背中に酢堂の声がかかる。無視してやっても良かったが、また後ろから突然に近づかれバットで殴られそうだったので、俺は振り返ってお別れの言葉をかけてやる事にした。終わったよ、お前は俺に雅さんの居場所を聞きたくてこんなことをしたんだろうが、生憎俺は彼女の居場所を知らなかった。なら、これ以上何を話すって言うんだ。俺がここを去るには充分じゃないか。本当に何も知らないのか、頼む、何でもいい、彼女に対して何か知っているなら教えてほしいんだ。おいおい、人を殴ってここまで連れてきておいて、今更頼むも何もないだろうが、頼み方からしてまずなっちゃいないんだよ。その時、俺はこのストーカー気質なお坊っちゃまを、一つ失意のどん底という奴に落としてやりたいという、どす黒い感情にかられた。
 知ってほしけりゃ勝手にあっちから言ってくるだろう。雅さんが何も言わなかったってことは、彼女がお前に居場所を知られたくないって言う、一種の意思表示でもあるわけだ。彼女の意志を少しは尊重してやったらどうだ。 
 酢堂が目を見開いた。その顔にはわかりやすい程に絶望に満ちていて、今にも泣き出しそうに眉を曲げ、堪らず叫びたそうに口を開き、怒りの炎を瞳に讃えていた。なんとも無様で憐れな顔だ。少しばかり良心が痛まないでもなかったが、この男に限ってはそんな感情を抱くのも勿体ない。いい薬だ。嫌われていても構わないんじゃなかったのか、そうだよな、遠回しに言われてもお前のような厚顔無恥は理解できんだろうしな。ここに居ない彼女の代わりに俺が言ってやる。雅さんはお前が嫌いだ、付きまとわれて辟易している、これ以上お前のエゴで、彼女にいらぬ世話をしようとしてくれるな。
 酢堂の目が一瞬鋭くなった、明確な殺意を彼は俺に向けていた。それほど好きなのだろう砂糖女史のことが。しかし、その感情は間違っていたし、そんな物をぶつけられても俺にはどうしようもなかった。俺に当たっても仕方ない、これは酢堂と雅さんの問題だ。巻き込んでくれるな。もういい分かった。確かに君の言う通り、もう君に聞くべき事は何もない。そう言って、酢堂は下を向きテーブルに視線を落とすと、落胆に沈む首を支えるように手を組んでその上に顎を載せた。美形もこうなっては台無しだ。俺は打ちひしがれる彼に背中を向け部屋の扉を手前に引く。階下から囂しい声が聞こえた。
 なぁ君、最後に一つだけ聞かせてくれ。弱々しい声で、酢堂が扉の前に立つ俺の背中に声をかけた。だから、俺はお前の知りたいことはもう何も知らんと言っている。違う、雅さんの話じゃない、個人的な話だ。なんだよ、好きな食べ物は、嫌いな食べ物はってか。なんだそれ、俺はため息をついた。
 絵の話だ、昨日河原でお前が見た絵と、この部屋の絵をお前はどう思う。