「魔法少女風味ミリンちゃんのお兄ちゃんは、雅さんの居場所を知らない」

 あのな、お前は何か勘違いをしているぞ。俺は確かにあの時砂糖女史、いや、お前の言う所の雅さんと一緒に居た。居て、彼女を連れてお前の前から去った。けれどあれはちょっとした偶然というか、成り行きであってだな、お前が思っているような関係は俺たちの間には一切ない。俺は、彼女を匿ってなどいない。嘘をつくな、それなら、雅さんは一体どうやって生活しているというんだ。箱入り娘の彼女が、誰かの助け無しに一人で生きていける訳がないだろうが。あきれかえった俺は、再び前に立つ酢堂に対してこれ見よがしにため息をついた。からかうのは止めたつもりだったが、ついつい出てしまった。だから、そうやって何でも自分の思ったとおりに、世界が都合よく動いてくれると思ったら大間違いだっての。貴様、また私を愚弄して、今度は何がおかしいんだ、と見苦しく激昂する彼に、俺はどんな言葉をかけてやろうかとしばし思案した。どうやって説明すれば、その発想はもとより発想方法まで間違っているのだと、この独りよがりの馬鹿は気づいてくれるのだろうか。俺なりに頭を使って考えてみたが、結局本当の事を下手に誤魔化さず言うしかなさそうだった。いいか、まずお前は自分が自分で思っているほど賢くないって事を自覚しろ。それと、他人を勝手に自分より下の人間に位置付けるのも止めろ。お前の愛しい雅さんは、一人で生きていけない程弱くもないし、臆病者でもない。彼女はお前の予想を裏切って、一人で立派に暮らしている、ただそれだけだよ。そして、彼女がどこでどうやって暮らしているかを俺は知らない。だって彼女は一人でも強く生きていけるからな。
 酢堂は黙って俺を睨みつけた。まるで、俺が自分から彼女を遠ざけている原因とでも言いたげな、そんな俺を責めるような視線だった。そんな視線にいちいち構ってやれるほど、俺は暇でもなかったし寛大な男でもない。さぁさぁ、これでお前の聞きたい話はしたと思うんだけれども、帰っていいか。家には砂糖女史こそ居ないが、面倒くさい性格をした妹供が二人も居てな、その内の一人が熱で苦しんでいる最中なんだ。そうだ、お前さんが後ろから突然殴りつけたおかげで、台無しになった牛丼はどうしてくれるんだ。牛丼の一つ二つで文句を言うな、程度が知れるぞ。程度、へぇ、程度ね、程度なんざ知られてもこちとら別に困るような人間じゃないんだよ。あんたらのようなお坊っちゃんお嬢ちゃんならいざ知らずね。んなこと言う前に、用意するもん用意しとけってんだよ。ったく、そのくらいの事にも頭が回らないんじゃ、お前さんのオツムの程度ってのはよっぽど酷いようだな。おぉ残念、程度が知られちまったな。ハッ。乾いた笑いを酢堂の顔に浴びせかける。彼が何かしらの感情を押し殺しているのは、顔を見れば分かった。なるほど、どうしようもないお坊っちゃん野郎だが、少しくらい我慢はできるようだ。それでも、俺を睨みつける顔の皺は先ほどの三割増しになっていたが。
 本当に、お前は雅さんの居場所を知らないんだなと、酢堂は俺に聞いた。知らんよ、だいたい知ってたらこんな面倒臭い言い回ししないで、とっとと教えてるってえのと、俺は酢堂を怒鳴りつけた。すると、酢堂が途端に静かになったので、俺はテーブルの上のグラスを取ると、水と氷を口に含んだ。