「酢堂は無駄に精神的にタフな二枚目だ」


 すっかり忘れていたよ、そういえば、こんな奴も居たっけかな。よっぽどこいつの存在が鼻についていたのだろう、明るい所で顔を見たら一発で思い出した。そうだ、あの、いけ好かないメイド喫茶のマスターで、砂糖女史と知り合いの、酢堂なんとかだ。下の名前は覚えていない、覚える必要などないからだ。できることならこんな男、二度と顔も見たくなかった。
 ずいぶんな顔をするじゃないか、そんなに俺の事が嫌いかい。一度会ったきりだというのに、君は随分と人見知りが激しい方なんだな。はっ、知り合いと話をするためにバットで殴り倒して首を締め上げる奴に、そんなことは言われたくないね。ほれ見たことか、すぐにこの調子だ。前回会ったときはろくに話もせずに別れたが、それでもこの嫌い様。お互い、直感的に自分たちが水と油であることを知っているからこそできる芸当というものだろう。
 いいのか、こんな粗雑な扱いをしてさ、俺はお前の大好きな雅さんのお友達だぞ。しかも、ただのお友達じゃない、同好の士だ。俺がお前にバッドで殴られ、首を締め上げられた挙句、こんな所に無理やり連れ込まれたと彼女が聞いたら、きっとお前さん、今にもまして嫌われるぜ。そうか、それではやはり話が済んだら、コンクリートにでも詰めて海に沈めてしまう事にしよう。怖いことを平然と言ってくれる。これだから、こういう何でもかんでも自分の思うままにできると、勘違いして奴は嫌いなんだ。いいのかい、彼女に嫌われていることを否定しなくってと、俺は酢堂に対して暗に砂糖女史に嫌われてるぜという皮肉を浴びせた。すると拍子抜けするほど平然とした顔で、酢堂はしかたがないと返した。どれだけ私が彼女を思っても、彼女の心は彼女の物だ。それでも、俺は雅さんを愛しているし、彼女を好いている。
 おいおい、愛の告白は本人の前でやってくれ、そんな事を聞かされても赤の他人の俺にはどうしようもないだろうが。それともなにか、お前は赤の他人に好きな人の話をしなくちゃならないくらいに、お友達が少ないのかい。ここ最近、ミリンちゃんの世話やら店長とのやりとりやらで、ストレスが溜まりに溜まっていた俺の毒舌は、絶好調に酢堂を罵ってみせた。しかし、そんな俺の毒を、軽い顔をして酢堂はまたしても受け流す。関係ない事はないだろう、君が雅さんを匿っているということを、私はもう知っているんだ。
やれやれ、誰が誰を匿っているだって。確かに今、俺の借りてるアパートの部屋には味噌舐め星人と魔法少女風味ミリンちゃんがいらっしゃるが、お前の愛しい砂糖女史を匿ってやる理由も、余裕もありゃしないってえの。
 なんの話だ。目の前の馬鹿野郎の話についていけなくなった俺は、わざとらしく大きなため息をつく。すると、しらばっくれるなと酢堂が突然激昂した。分かった、お前がキレちまう程に熱烈に雅さんが好きなのは分かったから、頼むから耳元で怒鳴ってくれるな、ただでさえ馬鹿の相手で酷い頭痛がするんだ、これ以上頭を痛めると寿命が縮まりかねん。お前、私が下手に出ているからといって、あまり図に乗るなよ。どうやらジャブのようにじわりじわりと俺の皮肉が利いてきたらしく、眉を釣り上げ酢堂は俺を睨みつけていた。また金属バットで殴られては厄介だ、仕方ないこの辺にしておくか。