「魔法少女風味ミリンちゃんのお兄ちゃんは、絵画を愛でる」


 なるほど、どうやら俺はここの社長と友達らしい。毎日コンビニで熱心に働き、家に帰ればニート気質の妹の世話をしていると、秘書代わりにメイドを侍らすような社長さんと友達になれるとは、世の中はなんとも理不尽なものだ。世の中にはそんな頭がどこか常春な奴と、友達になりたい奇特な奴など幾らだっているだろうに、何故俺なのかとほとほと理解に苦しい。まぁ、河原でいきなり友達に襲いかかり、金属バットで腹を殴りつけ、転んだ所を首を閉めて落とし、会社の社長室に酔いつぶれたと称して運び込む、バイオレンスな社長でもある。なんにせよ、一般人が高確率で関わり合いにはなりたくないのは確かだ。あるいはこうでもしないと友達を作れないというのなら、それ、なんてツンデレ。秘書代わりのメイドさんと一緒に、メイド服着てメイド喫茶でメイドした方が、よっぽど友達が増えるだろう。女ならば。
 あの、なにか私おかしな事を言いましたでしょうか。どうやら、顔に困惑が出ていたらしい、不安そうな顔でメイドさんが俺に尋ねてきた。社長と俺の問題に関して、彼女は別に関係ない。もしかすると、メイドに変装しただけで、彼女がその社長かもしれないとも思ったが、昨日の夜、俺の腹を金属バットで殴りつけた男が社長ならば、性別が違う。関係のない彼女にいらぬことを話して、いらぬ心配をさせるのも悪い。なんでもないよと、ちょっと昨日の夜の事を思い出してただけさと、俺は誤魔化した。そうですかと、納得しないながらも少し顔色をよくするメイドさん。それじゃぁ、すぐに社長に電話を入れておきますね。何かあったら、そこの受話器から内線で呼んでください。店員がすぐに応対しますので。そう言うと、彼女は手に持っていた盆を脇に抱え、俺に一礼をすると軽い足取りで部屋から出て行った。
 店員がということは、この部屋の下には店舗があるのだろうか。店舗の上に社長室があるということは、そこそこの会社だろう。その癖、メイドを秘書代わりに雇っているのだから、いい趣味をしているよ。店員は社長に対してなにも文句を言わないのだろうか。グラスに漂っていた氷を口に含み噛み砕きながら、俺はそんなことを思った。さて、どうやって、その見知らぬ社長がやってくるまで待つとしようか。メイドを雇っている割には厳格な社長室には、本棚もなかったしテレビもなかった、大仰なオーディオセットもなかったしゲーム機だって見当たらなかった。観葉植物と絵画くらいしか見る物がない。そのうち、机の横に置かれていた観葉植物も、プラスチック製の葉が連なったまがい物だと知ると、必然、俺の足取りは絵画へと向かった。
 やはり、どう見てもそれは昨日の夜河原で見た絵画と作者を同じくする物だった。風景画から人物画、抽象画色々と飾られていたが、それでも、その書き味の中に、確かに河原で見た絵と同じ何かが息づいているのを俺は感じることが出来た。そのイメージが一体どこからくるのか、それは学のない俺には分からない。そんな、壁に飾られた絵画の中で、一際俺の目を引いたのが、愛しい女性というタイトルの絵画であった。それは人物画にしては書き味が荒く、女性の顔など潰れてよく見えなかったが、これを描いた人物の絵に対する、あるいは絵の女性に対する並々ならぬ愛情が俺には感じられた。