「味噌舐め星人の無念」


 お姉ちゃんさん、食べなくて良いんですかね、こんなに美味しいいちごなのに。枕に涎で地図を描きながら眠る味噌舐め星人。小さな寝息を気持ちよさそうに立てて眠る彼女は、相変わらず起きてくる気配はない。放っておいたらどうだろうか、どうせ味噌を塗って食べるしか能の無い奴なのだ、そんな奴にくれてやるのも勿体ない。それもそうですねと、ミリンちゃんは小さく頷いた。別に、個人で楽しむ分については、幾らでも特殊な食べ方をしてもらって構わないが、あいつの場合それを回りにも強要しようとする所がある。勢い余って全部のいちごの上に味噌をまぶされては食えた物ではない。
 時刻は夕飯時を回っていた。そう言えば、ミリンちゃん、今日はもう夕飯はちゃんと食べたのか。味噌舐め星人や彼女に、あの冷蔵庫の中身で料理が作れる訳がないとは思ったが、一応確認のため俺は彼女に尋ねた。食べたのです、お姉ちゃんさんが一時間かけて、なんとかおかゆを作ってくれたのです、とミリンちゃんは感謝感激雨嵐、満面の笑顔で俺に言った。ほう、それでこの女はこんなに気持ちよく眠っているのか。俺はちゃぶ台の前から立ち上がるとキッチンを覗いた。彼女が料理したと思われる鍋の中には、確かに茶色く染まったお米たちが、鍋の半分位までを埋め尽くしていた。お粥というよりは雑炊、雑炊というよりは炊き込みご飯。みそ味の炊き込みご飯とはまたやってくれる。風邪気味の人間には食べ辛いことこの上ないだろう。とりあえず、明日さえしのげば久しぶりの休みだ。その時にでも栄養のある物をミリンちゃんに食べさしてやろう。もっとも、それまでに良くなってくれればそれに越したことはないのだが。とりあえず、お姉ちゃんさんの顔を立てたいミリンちゃんの気持ちは分かるが、本当の所はどうだったんだ。凄く固くて、しょっぱくて、旨味がなくて、食べれたものじゃなかったのです。さっきからお腹が痛いのです。歯切れ悪く、ミリンちゃんは俺に言った。
 帰りがけにコンビニで買ってきたカップ焼きそばをまな板の上に置いた。とりあえず、明日はお腹が空いたらこれを食べておけ。昼飯はまたおじやを作っておいてやるから。ありがとうなのですと、ミリンちゃんはやけに素直に言った。いつもの毒舌なミリンちゃんからは想像出来ないほどに素直な返事。少し気持ち悪く感じてしまったが、なんといっても彼女は今風邪をひいているのだ。精神的に弱っているということもあるだろう、いつものように傲岸不遜に強気になれないのも仕方ないかもしれない。ふと、いつもの仕返しに、意地悪を言ってやることを俺は考え付いたが、そんなことをしてミリンちゃんと大喧嘩すれば面倒だし、彼女の治りを遅くするだけなので、やめておいた。やはり、何だかんだ言って、俺はミリンちゃんのお兄ちゃんなのだ。苦しむ姿は見たくなかったし、早く元気になってもらいたかった。
 あー、お兄さんお帰りなさい。いつ帰ってきてたんですか、ぜんぜん気づきませんでしたよ。味噌舐め星人が眠そうに眼を擦って布団から這い出てくる。あっ、あっ、ミーちゃん大丈夫ですか、お熱上がってきてませんか。あれ、なんですかこのパックは。まさかお兄さんとミーちゃん、内緒で何か食べましたか、酷いですどうして起こしてくれなかったんですか。酷いです。