「店長、父親に自分と店員を仕事場まで送らせる」


 畑の横にある店長家の駐車場に行くと、店長の声に応じた店長の父が軽トラにもたれかかりながら煙草をふかしていた。薄い緑色をした作業着は土にまみれていてたいそう汚く見える。息子の呼び声に畑仕事を放り出して来てくれたのだろう、なんと優しい父親だろうか。彼は俺たちの姿を見つけると携帯灰皿を作業着の胸ポケットから取り出して、咥えていた煙草をその中にねじ込んだ。よし、来たか、それじゃぁ、行こうか。忘れ物はないな。
 店長の父親が運転席に座り、俺が助手席側に座り、店長が真ん中にあるスペースに座る。軽トラと見せかけて、店長の家のトラックは三人乗りのしっかりとしたトラックだった。座席の後ろには野良作業に使うのか、ビニールやら軍手やらペットボトル容器やらが雑然と置かれている。不必要に大きい気がしないでもないがやはり農作業用なのだろう。店長の父がエンジンを入れると、心臓の鼓動を大きくしたようなエンジン音が流れ、俺の体を揺すった。俺はふと昨日の夜、店長が醤油呑み星人を車で送った事を思い出した。その時も思ったが、こんな車で家まで送られては、ムードも何もない。
 しかし店長よ、お前も早く免許取れよ。自動車学校行く金は出してやるって、前から言ってるだろ。野良仕事するのに、必要なんだから。いやいや、父さん、僕が壊滅的に機械音痴なの知っているでしょう。僕に車なんか乗らせたら、ウィリー走法で田んぼや畑を耕して大変な事になるよ。まるで真夜中のテレビショッピングで、外国人出演者が軽快なアメリカンジョークを言うように、店長は彼の父親にとびっきりの笑顔を向けた。なんだそれ、と、呆気に取られた俺の思考が一瞬停止する。店長、あんた自動車免許を持っていないのかよ。というか、そうなると、昨日の夜はどうやって醤油呑み星人を送ったんだ。まさか、無免許運転。まったく、昨日も夜中に突然車を出せと言ってくるし、父さんはお前専用のタクシーじゃないんだぞ、車の免許くらい取って少しは自立したらどうなんだ。まぁまぁ、そう言わないでよ父さん。頼りにしてるんだからと。なるほど、そういう事かと、俺は自分の事でもないのに妙に恥ずかしい気分になった。好きな人くらい自分で送れよ。
 よほどコンビニまで店長を送りなれているのか、店長の父は道に迷うことなく素早く俺たちをコンビニの近くまで送り届けた。近くまでというのは、コンビニから少し離れた所にある駅の前だ。流石に親に仕事場まで送ってもらうのは、部下に見られると示しがつかないから、少しは面子という奴を考えているのか、店長は恥ずかしそうに彼の父に言った。まぁ、そんな維持しなくちゃいけないような面子は、もはや彼には少しだってないのだけれど。知らぬは当の本人のみ。店内での店長の評価は、いわずもがなである。
 それじゃぁ、仕事頑張れよ。クラクションを軽く鳴らすと、店長の父は車を反転し、元来た道を走って行った。さて、今日も頑張ってお仕事しますかと、腕を突き上げ伸びをする店長。カップ麺を並べるだけの簡単なお仕事に大げさな奴だと、小さな声で呟くと、俺は店へ向かう店長の背中に続いた。
 自動ドアを潜って、先に入っていた店員に挨拶をする。ふと、見たことのないアルバイトが、レジに入っているのに俺は気づいた。はて誰だろうか。