「醤油呑み星人の繊毛」


 再びレジ横の給湯室に戻ると、俺は見事に着こなしたエプロンとYシャツを脱ぎ、下に着ていたインナーを醤油呑み星人が持ってきた物と替えた。小さな袋にはち切れんばかりに詰められてはいたが、出してみると意外と形は整っている。着れば化学洗剤特有の、爽やかな香りが俺の鼻を擽った。再びエプロンとYシャツを身につけると、今度はズボンを下ろしトランクスに手をかける。もし、着替えている途中で、B太が扉を開けたらと思うと少し戸惑われたが、店長じゃあるまいしとB太を信用し、俺は手早く着替えた。
 レジに戻ると、珍しく客が何人も並んでいた。すぐに隣のレジを開けて、商品をレジスターにかける。肉まんを詰め、煙草のカートンを渡し、ようやくレジが落ち着いた辺りで、のこのこと醤油呑み星人がレジにやって来た。なんだか忙しそうだったわね。なんとも気の利かない言葉をしれっと言ってくれる。そう思うなら、早く来てくれよと俺が返すと、レジは二つしかないじゃない、まぁ後ろで仕事すればちょっとくらいは楽になるかも知れないけれど、そこまでするほどの列でもなかったでしょう、と、冷静に反論した。返す言葉もなく俺はため息をつく。それじゃ、B太さん上がっちゃってよ、後は私とこいつでやっておくからと、醤油呑み星人は笑顔で言った。
 それじゃぁお言葉に甘えてと、B太が給湯室に入った。先ほどの行列で店内から客はほとんど居なくなっている。醤油呑み星人とただ肩を並べて立っているというのも、なんだか無性にむず痒く、俺はカップラーメンを陳列してくると、レジを出た。やれやれ、俺も誰かさんのことを笑えないな。
 減っているカップ麺を倉庫の棚から引き抜き、放り出されていた空のダンボールに入れる。おおよそダンボールが一杯になると、俺はそれを抱えて商品棚の前に戻った。本日の一番人気は、関東圏で有名なラーメン店の味を再現したという、期間限定の背脂たっぷり醤油ラーメン。この手の期間限定商品は、よほど突飛な物でもない限り客受けがすこぶる良い。男女を問わず、期間限定という言葉には、人間の心を惑わす不思議な力があるのだろう。それら期間限定のラーメンと合わせて、カップ麺の売上はとんとんと言った所だろうか。メジャーな商品は、コンビニで買うよりスーパーの方が安く、まとめ買いも効く。今日なんかも、スーパーカップは一つしか売れていない。
 ねぇ、あんたさ、今日の夕食はどうするつもりなの。もしかして、また、店長と飲みにいくつもり。それならさ、私も連れて行ってよ、悪いけど。いつの間に忍び寄ったのか、突然後ろから醤油呑み星人が俺に声をかけた。お前、レジはどうしたんだよと俺が言うと、まぁ、B太さんもまだ居るし、お客さんも熱心に雑誌を読んでるし、良いんじゃないのと彼女は言った。実際の所、今居る客は雑誌を読むのに夢中なようだし、特に問題はないか。
 今日は店長の家で食べさせてもらう予定だ。わざわざ俺の為にすき焼きをしてくれるんだってさ。なんとなく、俺は醤油呑み星人に今日の晩飯のことを言った。すき焼き、なによご馳走じゃない、ちょっとずるいわよ、私も連れていきなさいよ。案の定醤油呑み星人はすきやきの話に食いついてきた。ついでに、それ本当っすか、俺も是非ご一緒したいんすけどと、B太まで。